第二章3 『神楽流の最後の後継者』
「おい、神楽ぁ。良い年して、お前まあだそんなおもちゃの銃で遊んでいるのか? お前は千年続く古武術の最後の継承者であるという自覚は無いのか。……全く。お前は母親に似て出来損ないの失敗作だ。この神楽流も出来損ないのお前の代で終わると思うと涙がでてくらぁ」
目の前の男は千年も続く古武術の流派などと偉そうにうそぶいているが、今は門下生も居ないただの廃れた道場だ。
今も生活が出来ているのは、不労所得で入ってくる不動産収入のおかげだ。そうでなければとっくに野垂れ死んでいるだろう。このご時世誰が無名の流派の殺人術を学ぼうという酔狂な人間が居るだろうか………。
「おい、神楽。なんだぁ? その反抗的な目つきは。貴様もあの売女と同じ三白眼。見ているだけで腸が煮えくり返ってくらぁ。おいっ………なにか言いたいことがあるならば言ってみろ! 黙ってねぇでなんか言えやクソガキ」
この男が壊れたのは、神楽流が門下生が一人も居ないということで看板が取り下げになってからだ。この男の人生には古武術しかなかった。だからこの男も必死になって役場に通ったり、方々の団体に頭を下げた。
だが、結局はすべて徒労に終わり認められることはなく。正式な書面上は、もう神楽流は流派としては途絶えていることになっている。つまり誰の手を下すまでもなくもう終わっているのだ。死んでいるのに、自分を生きていると思っているんだからこれほど滑稽なことはないだろう。
その頃からだろうか、この男は酒や、タバコや、ギャンブルに逃避するようになって、俺の母親に口汚い罵声をあげるようになった。タバコの灰皿を投げつけるのを目撃したこともある。そして、俺の母親は、地域の近隣住民からの通報があり通称DVシェルターに保護された。
俺の母がDVシェルターに保護されるようになった切っ掛けはこうだ………。ある日母子生活支援施設からの相談員と名乗る50代くらいのおばさんが家に訪れ、母は俺に『少し、喫茶店に出かけてくる』という言葉を最後に、この家に帰ってくることはなくなった。カグラは母は自分を見捨てて逃げたのではないかと疑ったこともあった。
カグラはのちになって母がDVシェルターに保護されたのだと知った。だが、カグラはその話を聞いた時に寂しさよりも安堵の気持ちの方が大きかった。なぜなら毎夜ふすまの奥から聞こえてくる、母親のすすり泣く声を聞かなくて済むのだから。
「おいっ……おめぇ、なんか言いたいことがあるなら言ってみろっ! 念のために言っておくが、もしお前がこの家から逃げ出そうとしたら、お前の売女を施設から連れだしてきて、お前の代わりになってもらうぞ。それでも良いのか?」
…………何が精神を鍛える武道だ、この男は卑劣な男で腐りきっている。カグラは自分の血の中にこの男の血が一ミリでも入っているとを想像するだけでも自分自身が汚らわしく、醜い存在に感じた。目の前の男がこのようなことを言うのにも理由があった。
母親がDVシェルターに保護されてから、連日のように民生児童委員のおばあさんが俺の家にやってきて、俺も施設に保護されるべきだと言っているのだ。
そのたびにカグラは冷たく彼女達の救いの手を跳ねのけてきたのだ。…………そうしないと、この目の前の男が母親に何をしでかすか分かったものでは無いのだから。
「神楽の名はなあ、千年の昔から神に仕える者として時の将軍から承った由緒ある高貴な名前なんだよっ! 貴様はその最後の当主である自覚はあるのかっ! 神楽流を継ぐ最後の後継者としての自覚はあるのかっつ聞いてんだよ! 無能のこのクソボケがぁっ!!」
そう言い切ると空になった熱燗の空瓶を投げつけてきた。カグラの体に当たると空き瓶は砕け散った。カグラの動体視力であれば、避けることが可能であった。
だが、避けたら避けたで、目の前の男の癇癪がより激しくなるのをカグラは経験から知っていることから、あえて避けようとしないのだ。右の腕に破片が刺さったようで、うっすらと血がにじんでいる。
「おら。とっとと着替えて道場に来い! お前の母親似の腐りきった弱っちい精神を叩きなおしてやるっ!」
実戦古武術を継承するというのは名ばかりでやっていることはただの憂さ晴らしの児童虐待。カグラはその矛先が母親ではなく、自分に向かっていることに真底安堵する。………カグラが考えることは一つだけ
「こんな汚らわしい流派は俺の代で完全に終わらしてやる………」
*****
「おい。昼行燈。聞いてんのかっ。このウスノロッ! お前が仮病で学校サボったせいで、俺らが文化祭の準備のためにどんだけ大変な思いをしたのか知ってんのか?! クラス全員がどんだけ迷惑を被ったのか理解しているのかよボケ。黙ってねーでなんとか言えよっ………おいっ!」
耳元でうるさい。彼ら達はそうやっていつも因縁をつけてくる。元々、俺はクラスの中でうまくやっていけるタイプの人間ではなかった。
だが、状況が決定的に悪化したのは俺の母親がDVシェルターに保護されているということが知れ渡ってからである。誰の口から母の情報が漏れたのかは知らない。だが、それをネタに鬼の首を取ったように俺を痛めつける。
今、このクラスは俺を虐めることによって皆が一致団結している。とてもとても楽しそうだ。イジラレ役だった生徒や、虐められていた生徒も今は、俺をなぶることに夢中になっている。教師ですらそれに加わっているのだから笑えてくる。
「神楽の悪いところは自分のことばかりでクラスのことを考えないことだ。協調性がねーんだよな。この間だって………繧ュ繝√ぎ繧、豁サ縺ュ繧エ繝溷イ螂ウ………っもんなぁ。あっはっは」
カグラには途中から彼らが何を言っているのかが聞こえなかった。まるで言葉が文字化けしたように何を言っているのか理解ができない。
「………やっぱあれだな、逃げていったお前の***と同じようにお前も******なんだよなぁ。っははははは。だからお前は呪われてるんだよ****にお前の父親も****らしいじゃねぇか。お前どうして生きてんの? 死んだ方が楽じゃねーの?」
目の前の空間が歪む。いつもの眩暈と耳鳴………こいつらを***ば。このくだらないお遊戯。お前たちは……………。
******
カグラの趣味は映画と読書であった。特に映画のマッドマックスとターミネーター2が大好きで繰り返し観たほどの映画だ。まだ、あの男と、俺の母の仲がまだ良かった時の話だ。
カグラの趣味は映画鑑賞と読書。ターミネーター2とマッドマックスが好きで、まだあの男と母の仲が不仲になる前に、本格的なソードオフガンのモデルガンを買ってもらってからは夢中になって遊んでいた。
エアガンではない、モデルガンなので弾こそでないが、数キロ程度のズシリとした重みがあるモデルガンでカグラの一番のお気に入りのおもちゃであった。ターミネーターのように回転してリロードをするスピンコックを流れるような所作で行えるようになるまで相当な訓練を積んだ。
そのソードオフのスピンコックをあの男の前で披露したら、あの男と母は頭を撫でてくれた。今では記憶がおぼろげだが、そのよう時期も確かにあったのだ。いつからこうなってしまったのか。この男は壊れてしまったのか。
カグラには学校の中にも心安らぐ場所なんて無かった。唯一の彼の安息の地は下級生の階にある職員トイレ。昼休みはトイレの中に籠もり、スマホでヨムカクというWeb投稿サイトで異世界を冒険する小説を読むことが唯一の心の慰めになっていた。
SFの世界や、心躍るような勇者の冒険物語、ハーレム物の異世界小説や、帝都の魔を討つ者の物語、魔法使いが優しい奇跡を起こす物語、いろいろな物語を読んだ。
カグラはその物語を読んでいるひと時だけは、自分の汚れた血のことや、あの男のこと、カアさんのこと、学校のことを忘れ、物語の世界に大きな翼を広げて旅立つ事ができたのだ。
昼休みを終え、トイレから教室に戻ると、何やら黒板にカグラの名前が書かれていた。いつもの嫌がらせだろうか? 黒板には『神楽』の名前が31票………。イッタイナニガオコッテイルノダロウカ……………。
カグラは知らないうちに文化祭実行委員会の委員長に選ばれていた。担任の教師もにやにやしながらカグラを見つめる。悪意というものがもし人間に視えるのならばこのような顔をしているのだろうなと思った。
彼らは悪魔に取り憑かれているだけだ。本当の彼らはきっとこんな***なはずはない。小説にも書いてあった。悪魔は人間の身体を借り残酷な行ないをさせると。目の前にいる彼等も犠牲者なのだ。
………ああっ………眩暈と耳鳴が酷い。頭が、割れそうだ。
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