第二章 『フラグメンツ・メモリー』

第二章1  『太古の遺跡』

 ギルドのクエストとして新たに発見された洞窟にカグラは向かう。いままでダンジョン系のクエストを好んで受注していなかったのには理由がある。一つはソレイユの超破壊力の魔法が使いづらいということ。


 もう一つはセレネが跳弾を恐れてマシンガンを使いづらくなるためである。事前のギルド調査班の情報により、クリーチャーの危険度がそれほどでもないということが分かったため、受注することに決めたのだ。


 足元 で バリバリと 鳴る朽ちた草、建物のカビや 冷たい石 の匂い。湿った泥 や 枯れ葉の土の匂い。間違いなくこれは遺跡である。


「にへにへ。太陽の精霊よ我らに加護をΑνάψτε το φως του παιδιού του ήλιου


 ソレイユが魔法を唱えると、3人の体が仄かに光を帯び、遺跡内部を目視で見るのには十分な光源を確保することができた。タイマツで片手をふさがれることもないので、ソードオフやマシンガンを武器として扱うカグラやセレネには特に助かる魔法であった。


「さすがは遺跡だな。内部の構造が洞窟なんかと違ってしっかりとしてる」


「はい。そうデスね。どちらかというと坑道………いや、霊廟などの構造に近いものと感じマス」


「………枯れ草とかの匂いが気にならなければ、ヒンヤリしていて居心地は悪くないにへぇ」


 遺跡内部に生息するクリーチャーも、栄養源が乏しいせいか小型の弱弱しいものが多くさしたる脅威にはならなかった。………強いてやっかいだなと思わされたクリーチャーはストーンスコルピオンくらいな物だ。


 砂利や石を餌としているせいか外骨格がやたら硬いが、所詮は外骨格の生物。自身を守る殻の重みのせいか動きが鈍い。カグラの足技の一つ忍冬すいかずらだけで容易に倒せる相手だ。


 通常、肉体の内部を破壊する鎧通しは掌から放たれる技だが、古武術の一つ忍冬はそれを足で可能とする技である。いかに頑強な外骨格と言えども内部は非常に脆い。今のカグラにとっては、そこらの虫を潰すのと大差ない……っというのは流石に盛り過ぎか。…………少なくとも大きな脅威ではない。


「なんか静かだな。夏場とか涼みにくるには良いかもしれない」


「にっへへっへへ。この遺跡も発掘が一段落したら、どーせ観光施設とか、歴史資料館的な何かに改築されるにへ。そうなると金取られるし、人だらけになって情緒もへったくれもなくなるにへぇ」


「そうデスね。ギルドの守銭奴っぷりはハンパないデスから」


「金かぁ。金ねぇ。やっぱ世の中金なのかなぁ。ちらっちらっ」


「金にへ」


「金デス」


「うむ。正直な奴らは嫌いじゃないぞ。だが………仕置きじゃあっ!」


 二人の髪の毛をわしゃわしゃと強めに撫でまわす。『セットが崩れるからやめるにへぇ……!』とか『せっかくのストレートが台無しデス』とかの抗議の声が聞こえた。まぁ………毎日髪をセットしているのは俺なんですけどねっ!


「…………おっと。ここが突き当たりか?」


「お宝も何にもない遺跡にへ。これじゃあ肩透かしにへ」


「…………カグラさんソレイユさん。少しの間静かにして下さい…………地形把握のために………ソナーを発動しマス」


 人間には認識不可能な音域による超音波をセレネが発する。蝙蝠やイルカなどと同じように、セレネも超音波の反響によって地形を把握することが可能なのである。さすがは、局地殲滅型…………セクサロイド。


「…………この壁の奥に、通路があるようデス。きっとこのちょっとでっぱった岩を押せば…………エイッ」


 ぐごごごごご。と音を立てて元は壁だったところが左右に開く。どれだけの歳月が経っているのかは不明だが仕掛けが機能したのはラッキーであった。機能しなければ物理的に破壊しなければならなかったのだから。


「この先はかなり暗い。ソレイユ。光を強めてくれ」


「あいさー。灯せ太陽の精霊よΠαιδί του ήλιου


「おし。これなら安全に進めるな。トラップが無いか確かめながら進む必要があるから、俺が先頭に立つ。お前らは俺の後ろを頼む。そして、ソレイユ。ソナーで探知可能なトラップの類は見つけ次第報告を頼む」


「ラジャ。……確認中……カグラ、ソナーでは特に目立ったトラップは見つけられませんでした」


「おし、それじゃあ先に進むぞ」


「にへー」


 隠し通路を進む。濡れた石や、足元の岩や木の根。こんなところでも植物は生きられるのだなあと感心した。


「セレネ。敵勢熱源反応はあるか?」


「……………効果範囲拡大して調査中。………熱源無しデス」


「サンキュー。うりゃあ」


 カグラは足元に落ちていた石を力の限り思いきり壁に投げつける。…………壁がまるでハエ取り草のように大口を開けて。岩を砕き喰らう。


「…………ははは。やべぇな。壁に偽装した肉食植物だ。おそらく知能はない。なにかの衝撃が加わると自動的に開閉する仕組みになっているのだろう。だからセレネの熱源反応に引っかからなかったわけだ。だから、セレネ気にすんなよー」


 シュン……っと、力なさげに落ち込んでいるセレネにさり気ないフォローを入れる。


「カグラすみません………。そしてありがとうございました。あれに挟まれたら私たちは一巻の終わりデシタ………」


「植物の力は強いからなぁ。さてこの先、あの厄介な壁偽装食人植物が潜んでいるわけだがどうしたものかね」


「ボクの魔法で燃やすにへ」


「いいアイデアだ。だけど、炎はやめといた方が良いと思うぞ」


「なんでにへ?」


「たとえば俺たちがキャンプとかで焚火する時も生木を入れても火がつかないだろ? 基本的に植物ってのは体のほとんどが水分で出来ているわけでなかなか木とか植物とかって燃えてくれないんだよ。それに、偽装のために表皮を覆っている岩が炎を妨げる機能も果たしているから更に厄介だ」


「はえー。知らんかったにへ」


「だから逆にここは凍らせよう。植物にとって水は人間にとっての血液のようなものだ。だからそれを凍らせれば動きを止めることができる。ソレイユの炎の魔法なら焼き殺すことも不可能じゃないんだろうが、何分この狭い空間で大規模火力魔法を使われたら俺たちが燃え死にしちまうしな。わっはっは」


「それじゃ。にへるよ~! 気高き氷の精霊よ全てを硝子に作り変えよΠνεύμα πάγου Αλλάξτε τα πάντα στο γυαλί


 辺り一面銀世界に変わった。念のため、カグラが石を投げたり、コンコンと拳骨で確認しながら通ったが、確実に食人生物の不活性化に成功しているようであった。


「まあ、こんなところに普段から人間やモンスターが通るとも思えないし、あのモンスターも普段は他の食虫植物と同じように水分を栄養源に生息しているんだろうな」


「物騒な植物にへ」


「それにしても、ソレイユのほかほかあったか魔法のおかげで寒くないデス」


「にっへへぇ~! カグラの特訓の時に魔法の強弱をコントロールする能力が劇的に上がったにへ。今のボクに掛かれば炎魔法を、ほかほかあったか魔法として使うことも楽勝にへ」


「あの特訓の時は俺とセレネの模擬戦が中心だったけど、お前はお前で成長していたんだな。まあ身体的には成長していないが…………いや、むしろそれは好ましいがっ!」


「まーたカグラがアホなこと言ってるにへ」


「まったく、カグラはショウガナイ人デス」


「なっはははは。…………ってなごんでる場合じゃねぇ。人為的なトラップの可能性も視野に入れて引き続き慎重に行くぞ。引き続きソナーによる空間把握と、熱源探知は頼むぜ、セレネ」


「了解しまシタッ」


 この遺跡に登場するクリーチャーは基本的に、砂利や土や水なんかを栄養にしている外骨格型の中型生物が多く。ほとんどすべての生物を忍冬すいかずらで踏み潰して進むことができた。外骨格生物相手には便利な古武術である。


 隠し通路を進むと、大きな突き当りに出た。大広間というよりもどちらかというと霊廟といった方が近い空間である。そして、部屋の奥には装飾品を散りばめられた大理石で出来た大きめの棺。部屋のあちらこちらに自発光する苔が生えている。


「明らかに目立つ部屋の奥の棺は盗掘者を狙ったトラップの可能性が高い。または開いた途端に仮死状態のアンデッド系のモンスターが出てくるといった可能性もある。…………セレネ棺の上から触診で調査を頼む。調査が終わるまではあの棺は開けては駄目だ」


「ラジャ。…………シフト・サーチモード。それでは、これより大理石の棺の触診を開始シマス」

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