第一章11 『左手薬指の指輪』

 カグラは目を覚ます。

 いつも通りの安宿の天井だ。


 日雇い労働者は、場合によっては、長期間遠方に

 出向かなければいけないこともあり、

 

 ――目下、信用度の低さから賃貸などの家が、

 借りれないのが辛いところである。


 いつものようにソレイユと、

 セレネの髪をとかし髪型をセッティングする。


 今日はソレイユはツインテール。

 セレネはストレート。


 ソレイユはプレゼントした髪留めをしてくれてるし、

 セレネは左手首にバングルをつけていてくれる。


 プレゼントしたものを身につけてもらえる

 というのは、無条件に嬉しいものである。


 カグラがちょっとぼーっとしていたら、

 カグラにソレイユが声をかける。


「ご主人。セレネっちと一緒にプレゼントを買ってきたから受け取るにへ」


「マスターが気にいってくれると嬉しいのデスが……」


「どれどれ。こういうラッピングされた箱を開けるのってワクワクするんだよな。ってどれどれ………おおっ!」


 カグラは一心不乱にプレゼントの箱を開ける。

 中からでてきたのは銀色の指輪。


 指輪にはインディアン的な感じの

 魔術式のような幾何学模様が描かれていた。


 ちょいワイルドな感じの指輪だ。


 何気にこういうお洒落は憧れていたけど、

 なんとなく格好つけだと思われるのも、

 照れくさくて身に着けることが出来なかった

 系のアクセサリーである。


「ふっ……………ガイアが俺にもっと輝けと囁いている」


 そう言いながら、

 カグラは迷わずに指輪の穴に左手の薬指を入れる。

 その姿を見て、セレネとソレイユが絶句する。


「…………マ…………マスター。なぜその指輪を左手の薬指につけたデスか?」


「ん。だって男性で指輪付けてる人って、俺が知る限りはみんな左手の薬指につけてるからさ。なんか俺おかしいことあるか? あのあんまりお洒落っ気の無さそうな武器屋のおっさんですら最近は左手の薬指に指輪をしていたから、作法的に間違いないと思っているのだが。男が指をするのが最近の流行りなのか?」


「………ご主人………いえ、なんでもないにへ。とっても似合っているにへ。高い指輪だから無くすと悪いからお風呂入る時も、トイレでも、料理する時でもずっとはずしちゃ駄目………にへぇ」


「他のはともかく料理の時もかぁ。生肉とかミンチを扱う料理とか衛生上どうなんだろうな? まあ、俺は料理しないで食う専門だから大丈夫かぁ」


「男がそんな細かい事を気にしたら駄目デス…………ソレイユのいう通りです。マスターはすぐ物を無くすおっちょこちょいなので絶対にその指輪を外さないで下さい。………その指輪にはマスターに悪い虫が付かないようにする強力な魔力が込められていマスッ! ただし一度それを外したら最後、効果は永久に失われてしまうのデスッ…………」


「悪い虫を寄せ付けないって、なんかすっげぇ便利な加護のついた指輪だなぁ。つい先日もその悪い虫に刺し殺されそうになった身だけに、その悪い虫を寄せ付けないっていう加護はめっちゃ助かるな。サンキュー」


「それに、ほら、あれにへ。………どこかの本で読んだことがある………にへが、東方の国のおまじないで『指輪を自然に千切れるまで身に着けていると願いが叶う』っていう伝承が残されているにへ。…………だから、誰に何といわれても絶対に外しちゃ、いやにへ。うっかり外したりすると、きっと呪われるにへ。ね、セレネっちぃ」


「そ……その通りデス………ソレイユが言うのは全て真実デスッ。呪術が発達した東方の伝承は絶対デスッ。きっとその約束を破ったりしたらとんでもなく恐ろしい罰があたるにきまっているのデス。なので………街の知らない誰かが、その指輪を外そうとさせるために様々な嘘をついたり、時にはからかってくると思いマスが、マスターは騙されちゃダメデス。それは、願いを叶えさせないと企む、悪魔の使いデスッ!! くれぐれもご用心ヲッ!!」


「お前たちがそこまで言うなら、この指輪は死ぬまで、いや、この指輪が千切れるまで身に付けてやるぜっ! いやぁーそれにしても千切れた時には何を願おうかなあ! まずは、銀髪ロリっ子10000人の俺専用の超ハーレムを作ることは確定事項として、あとは毎日、寿司、カレー、焼き肉のローテーションかつ食べ放題っ! あとはハンターハンターが休載無しで毎週確実に読めるようにする、なんて言うのも良いな? いやー夢が広がりますなぁ?! うっへっへっへっへ」


 カグラはにやにやしながら幸せな妄想の世界に浸っている。この時のカグラは頭がハッピーセットになっているので仕方がない。きっと脳内麻薬であるエンドルフィンの量が尋常じゃないくらいに溢れ出ているのだろう。今のカグラなら夜叉猿程度なら指先一つで倒せてしまうくらいのテンションだ。…………そして、しばらく妄想の世界に逃避したあとに、現実に戻る。


「はいはーい。一旦かいさーん。昨日の約束通り今日はギルド行くから、ちゃんとした服に着替えて、フロントに集合ねー」


「了解にへ」


「ロジャデスッ」


「おお、いつもは『働きたくないでごザルッ』とか『働いたら負けにへ』とか抵抗するくせに今日は随分と聞き分けが良いじゃないか。うむ、日々お前たちも成長しているのだなぁ。お父さんは嬉しいぞ。うるうる」


 いつもより心なしか元気そうな

 二人の背中を見つめながら、

 カグラは部屋に戻り、左手の薬指で

 キラキラと光る指輪に見惚れている。


 洒落っ気が無いとはいえ、

 装飾品にまったく関心がない訳ではない。


 お金が無いから買えなかったが、こういうクロームっぽい

 感じの指輪や、ジャスコで売っているような

 十字架や髑髏のチョーカーは、

 一度は身に着けたいと思っていたお洒落なアクセサリーだ。


 カグラが身につけなかったのは『カッコつけ』

 と思われたくないという自意識以外はない。



 *****


 いつも通り異世界職安ことギルドにて、

 日雇いの仕事を探すカグラ達一行。



「お………無職さん、あれ? その左手の薬指………? はぁ。そういうことですか、おめでとうございます。最近の若い人はあんまり大げさにパーティーとか開かないそうですからね」


「……………? おう、そうだな。最近の若い奴らは合理的だから無駄遣いしないんだよな。って、そんな与太話をしにここに来たわけじゃない。クエストだよクエスト。今回はそんなに儲からなくていいから、安全目のクエストを頼むよ」


「はぁ………。そうですか。………どうしても私のような古い人間にとっては人生の中でそういったものは一大イベントと考えるのですが、最近の若い人というのは考え方が合理的なのですね。最近はレストランで済ますのが人気だったりするそうですし。それでは、ご依頼のクエストですが、こんなのはどうでしょうか?」


「ん…………ダンジョンのお宝探しねぇ? 場所は………おう、結構な近場だな。こんなところにダンジョンなんてあったかね。あんまりダンジョン潜りしないせいか記憶にないな」


「ええ。ギルドにも最近報告されたばかりのダンジョンでして。何でも、先日大きな土砂崩れがあったのですが、その際にダンジョンの扉の入口が見つかったそうですよ」


「おいおい、土砂崩れがあった場所のダンジョンなんて大丈夫なのか? 俺はダンジョンの中で生き埋めなんて………さすがに御免だぜ? 以前同じような境遇にあった冒険者に聞いたけど、寒いし、虫やモンスターの相手をしなきゃいけないからで、相当きついらしいからな。まぁ、そいつはモンスターや虫を食うことで命を凌いだせいか。虫も、モンスターも食糧にしか見えなくなっちまったそうだが。あはは」


「まぁ、その辺の心配をされるのは至極最もでございます。その点はご安心下さい。内部はギルドの調査班の調査結果によると太古の昔の建造物らしいのですが、かなりの強度の石造りのダンジョンだそうで、たとえ大きな地震があったとしても何の影響も無いそうですよ」


「ちなみにだな…………ダンジョンでお宝を発掘したら、俺たちがもらっても良いのか?」


「いや、まあ、なにしろ手つかずの太古のダンジョンなので、歴史的な遺物とかもありますので、申し訳ないのですが、見つけた遺物はギルドに提出をお願いしたいのです。そういったことも含めて、私が信頼しているカグラさんにお頼みしているという理由もあります」


「そんなうまい話はないかあ。はぁ………。埋蔵金的なのが見つかれば一気に金持ちで銀髪ハーレムで満漢全席酒池肉林かと思ったがそうはいかないかぁ………」


「マスターの頭がヤバいデスッ」


「職員さんご主人のことたまに殴って良いにへ」


「………ははは。まあ、一旦お預かりするだけです。太古の遺物の解析が終わり次第、カグラさんにお渡しできる物もあるかもしれませんし、例えば既に世界に出回っている歴史的な価値がない普通の武器とか装飾品の類であれば、お持ち帰りしてOKです。まだギルドの調査部隊しかしらない、手つかずのダンジョンで、盗掘者とかもまだいないそうですから、もしかしたら掘り出し物が見つかるかもしれませんよ?」


「なるほどねぇ。掘り出し物かあ。報酬も悪くないし、それじゃあそれを引き受けようかな。ロボ子も、ロリ助もそれで問題ないよな?」


「異議無しにへ~」


「問題無いデス」


「というわけで、そのクエスト受注させてもらいますわ!」


「まあ、カグラさんも今はおめでたい時期ですから。今回のクエストはご祝儀的なものと思って下さい。本当はギルドの職員が公私混同は良くはないんですが、まあ私のような出世コースから外れた窓際族には関係ないことですよ。あっははは。それにしても、カグラさんがねぇ。私と同類の人間と思っていただけに、ちょっとだけ意外ではありますね」


「…………? よく分からないけどありがとう! それじゃあクエストの詳細について説明してくれ」


「……………それじゃあまずは、発見されているクリーチャーについて説明させていただきますね。まず、第一階層で調査班によって発見されているのが……………」


 心の中で、カグラは指輪のもたらす謎の効果に驚いていた。


 そして、前世の時もゴシップ誌の広告欄に書いてあった

『身に付けたら誰でも簡単に億万長者。あの社長も身につけている数珠』とかを、

 馬鹿にせずに注文しておけばよかったなあと、思うカグラであった。

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