第一章7 『働キタくナいでごザルッ』《改稿版》
あれから1ヵ月間みっちり秘密の特訓をこなした。
――仕事もせずに!
チュパカブラ討伐でかなりの報酬が入ってきたので、
毎日寿司だの焼き肉だのパンケーキだの温水プールの銭湯だのと
散財していたら、気が付いたら財布がすっからかん。
お金には羽が生えていると言われているが、あれはマジだ!
今は極貧モード突入中。
こうなってくると、もはや特訓などと言っている余裕はない。
生活があってこその特訓だ。
「腹が減ったにへぇ。ご主人……このままじゃボクたち餓死するにへ」
「特訓は良かったとしてだ…………その後のご褒美を連日続けたのはちと、ハメ外しすぎていたか……。お前ら、ギルド行くぞ? 金がなけりゃ、お前たちのスウィーツも食えないぞ。それに、1ヵ月の特訓の成果を確認するためにも、まずは実戦だ。というわけで、ずーっとパジャマ着てないで、私服に着替えなさい」
「セッカク楽しかったノニ………。マスターは特訓やめるデスかっ? 最強の道を目指すのは諦めるデスか? ワタシと一緒に天下一舞踏会に行くと言った約束忘れましタカ?」
「舞踏会って何だよ……武道会だ。それにそんな記憶は欠片もない。ま、楽しかったのは否定しねぇが、拳の道の頂を目指そうとは思ってねーよ。まずは金がなきゃなーんにもできねぇ。俺たちゃしがない日雇い労働者。キリギリスさんのように遊んでいる訳にはいかんのよ。ほれほれ、お前たちも蟻さんのように働くぞ。さあ、着替えたらギルドだ」
「はぇ~」
「いやお前そこは、にへ~だろ」
「ひぇ~」
「働きたくないでゴザルッ」
「働いたら負けにへ」
「君たちは俺のしょうもない口癖ばかり覚えるね………。ったく、ほんじゃあギルド帰りにクレープをおごってやるからほれ行くぞ。もし、行列ができるような有名なパンケーキ屋で食いたいんなら、もっとギルドのクエストをこなして稼がなきゃ駄目だぞ」
「あいさー」
「ホイサー」
カグラは、いつものごとく、彼女たちの働きたくない
アピールをひとしきり聞いた後に、
出かける前の、彼女たちの髪のセッティングをする。
今日はソレイユは三つ編み。セレネはポニーテールだ。
髪いじりは楽しいと思える俺は、カグラは美容師
に向いているのかもしれない。
(……まぁ性癖を仕事をするのは流石にどうかとは思うがな)
*****
カグラ達一行はいつものギルドにてやってきた。
以前、想定していたのと違う危険クエストを斡旋して
しまった、職員さんはとても申し訳なさそうにしている。
カグラ達に目があわせられず、目線が下に下がっている。
「この間の一件は本当にすみませんでした。まさか、あんな辺鄙な場所にチュパカブラが出てくるなんて完全に想定外でしたので。あの、カグラさんとセレネさんの背中の傷は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。セレネの方は、人工皮膚の移植で傷も残らず完全に綺麗になった。俺の方は、背中に傷跡こそ残ったけど完治した。まぁ男の怪我は勲章みてーなもんだとも言うし気にすんな。ん? 背中の傷は不名誉とも言うよな。ま、その辺りはどうでもいっか。ところで、今度こそ、本気のマジのマジで、マシな仕事を斡旋して欲しいんだが? 頼むよぉ職員すあぁん?!」
「やれやれ。おいしい仕事ですか。うーん。それなら、例えばこれなんかどうですか? 人の脳みそに寄生して宿主を操るキノコ型クリーチャーの討伐。報酬は結構弾むみたいですよ? 脳に寄生されたら外科的な手術でも取るの難しいそうですが、やります?」
「なにそれこわい。脳に寄生とかさすがに危険だからやめよ? できれば寄生しない系の敵をお願いしたいんですが?」
「難しいオーダーですね……。それなら、これはどうです? ダイヤモンドゴキブリ蜂に寄生され暴走した巨人、ゴリアテの討伐。このまま寄生された状態で放っておくと、ゴリアテの体内で蜂のコロニーが拡大していき、体を食い破ってそこからぶわぁーっと寄生蜂が大量に羽化してきます。そうなると、村一つ壊滅させるくらいの被害がでるそうです。えーっとそうなると激ヤバです。いかがです? 報酬は弾みますよ」
「なんでどれもこれも寄生系のクエストなんだよっ!? もっとマシな儲かるクエストはないのか?」
「そりゃ、まあ無職さんは………報酬が高いクエストをお望みなので。儲けたいというのであれば、皆さんがやりたがらないクエスト意外はありませんよ。オーガ討伐とか、ゴブリン討伐とかはリスクは低いですが報酬も少ないです。結局はハイリスクの案件じゃないとハイリターンは望めません。まあ、糞尿処理系の下水クエストはリスクの割にリターンが大きいですが、女性のいるパーティーにはあまりお勧めできませんね。高い報酬をお望みならばある程度のリスクは覚悟してください」
「そんなものか。世の中うまい話ってのは無いものだなぁ。それじゃさっきの蜂に寄生されたゴリアテのクエストを受注するよ。近隣の村もヤバいんだろ? 日雇い労働者の俺が正義を語るつもりはないが、報酬もそうだけどそっちの話も見過ごせないしなぁ」
「やれやれ……。カグラさんの、そのお人よしは個人的には美点だと認めてはいますが、この世界そんな簡単じゃないですよ。ゴリアテを討伐したってきっと感謝はされない。なぜならばそれはギルドに掲示されている正式な仕事であるから。なんとも報われない話です」
「ま、ぶっちゃけそんなもんだろうな。俺が逆の立場なら、きっとそう考えるだろう。なにせ彼らは既にギルドに前金で討伐依頼の対価を支払っているわけで、俺たちが討伐しにくることは、ギルド側の義務の履行としか捉えないだろうな。大丈夫、俺たちゃ日雇い労働者。そんな大それた夢は見ねぇさ。報酬第一!」
「安心しました。あと……これは個人的な助言です。警告しておきますが、このクエストは可能な限り早めに着手した方が良いですよ。日が立つ毎にゴリアテの内部に産卵された蜂の卵の幼虫が孵化しかけているころです、羽化したらマジでヤバいんで………。トドメはソレイユさんの炎の魔法でされるのが宜しいかと思います。ゴリアテ本体の脅威度ヤバいですが、寄生蜂は人間にも寄生するタイプなので、こちらの方も気をつけて下さい」
「あはは。職員さんにしては、珍しくまともなアドバイスじゃない。元気が良いなぁ、何かいいことでもあったのかい? なんちゃって。いや、実戦前にいろいろ助言してくれるのは素直に助かるよ。ありがとね」
「いや、まあ。さすがに先日の一件は反省していますし、これは職員としてではなく個人的な感情ですが、肩書を除けば、私はあなた達のことを友人だと思っています。だから、私はあなた達には絶対に死んでほしく無いと思っています。だから、まあ、そんなわけでご武運を」
最後の方は少し照れ臭かったせいか、目線を反らして咳ばらいをしていた。このおっちゃんも転生勇者に対しては冷たいようだが、全部が全部悪いわけじゃないのだなと思った瞬間であった。このやり取りを通して俺が好きな本の一節にも以下のような台詞があった。
”人は、理想には、耳を貸さない。
人は、他人には、耳を貸さない。
でも、人は友人には、耳を貸さないこともない。
そして、友人が理想を語ったなら、
力を貸さないこともない、かもしれない”
(そうか。やっぱなんだかんだで異世界でも、人と人との心の交流が大切なんだ。そういった意味で、俺達のできる範囲での人間関係を疎かにしてはいけないなぁと感じさせられた瞬間でもあった。……死ぬ前は、そんな小さなことにも気づけなかったわけだが。今は、何となくこの言葉の意味が分かる。皮肉なものだな)
カグラはそんな事を考えていた。
「どんな大層な理想も、誰の心にも届かなければ大言壮語………か。自戒の言葉として心に刻みつけよう。そして、ロリ助にもロボ子にも言葉で伝えられる範囲のことは極力コミュニケーションをするように心がけよう」
自分の考えを、より強く心に刻むため、
カグラはそう一人呟く。
「にっひひひひ。ご主人がなんか独り言呟きながら黄昏てるにへぇ」
「シぃー…デス。マスターが『なんか俺カッコいいこと言ってるぜ』モードの時は邪魔しちゃ駄目という決まりデスッ。ソレイユも大人しくかしこまりつつ、マスターのポエムを聞くデスッ」
うむ。全部筒抜けなんだが?
気を使ってくれているのは嬉しいが、
それならそれでもうちょっと小さい声で
やって欲しいとも思ったが……。
まぁ、このいつもの二人の間抜けな
感じのやり取りもなんとなく平和だなと思った。
手のひらを空にかざす。太陽がまぶしい。
異世界の空は今日も晴れ渡っていた。
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