第一章5 『ティンダロスの猟犬』
「超高エネルギー反応……熱量はッ……膨大過ぎるため計測不能っ!……マスター……ソノ位置ハ危なイデスッ!」
セレネは、カグラを突き飛ばし、
俺の上に覆いかぶさる。
仰向けで倒れたその俺のすぐ直上を、
丸太大の超高熱の熱線が通り過ぎる!
カグラかばったせいで、
セレネの背中は酷い有様だ。
(イレギュラー、異常事態、緊急事態……こういう時こそ、カグラ、冷静になれ……深呼吸……そう……冷静にだ……冷静に…………冷静にッ!…………冷静にいぃぃっ!!!)
「ぬうらあああぁああッ!! ふざけんじゃねええええぞおおおっ!!! てめぇ、セレネを傷つけといて楽に死ねると思うなああァッ!!!」
ソードオフガンを手品のようにくるりと一回転。
空薬莢の排出を確認。
最後の弾丸の再装填が完了。
目の前の異形の元に一気に駆ける!
異形は大口を開け、
再び超高熱の熱線を放とうと構えている。
醜悪な姿をした四つ足の化物が大口を開け、
咆哮を――否。いままさに、再度あの
超高密度のエネルギー柱を放とうとしている。
あんな熱線を喰らえば、カグラでなくとも、
生ある者は骨一片たりとも残さず、
この世界から、欠片も残さず消滅するだろう。
(…………考えるなっ! とにかく一刻も早く近づけ)
……3メートル……1メートル……50cm……カグラの攻勢防御結界の発動を確認……獣の大口が光り熱線が放たれッ……目の前で雷が落ちたかのような轟音ッ!
異形の四つ足の頭部が爆ぜ飛ぶ。
獣が放った超高熱の熱戦破壊力に、
ソードオフの砲撃の威力が乗算され、
銃口から尋常じゃない破壊力の砲撃が放たれた!
――カグラの格上殺しの異名は伊達ではないッ!!
「カグラッ……おかしいデスッ……熱源反応未だ1……まだっ……ソイツは死んでないッ! そいつは次元が違うッ!…逃ゲテッ……!!」
醜悪なる四つ足の獣の爆ぜ飛んだはずの首元から……
既に新たな首が生えている。
こんな短時間で急激な自己再生する
生物なんて聞いたことがない。
チュパカブラ戦で4つ使い、先ほどの一発でカグラの
ソードオフガンの残弾はゼロ。
目の前の絶望を前にして、
ソードオフに弾を込める時間などあろうはずがない。
「にっへへっへへ。まだ真打のボクが残っているにへ。押して駄目なら圧し潰せっ! 12の土牢が1つよ閉ざせ永劫の檻の中に!」
四つ足の獣の下に魔法陣の淡き光の発動を確認。
刹那、透明の牢獄が獣を包み込み、縮小していく
……硝子の膜のような牢が獣を圧し潰す。
――この魔法の土牢は生ある者を逃さない!
「にゃらああっ!!
透明の硝子の膜はどんどん縮小していき、
バキバキメリメリと獣の骨を砕き、
筋繊維を引き千切り、内臓を圧し潰し、
今や硝子の檻はダチョウの卵大のドス黒い球体と化している。
――これがソレイユの魔法!
「そんな……熱源反応未だ1……まだっ……ヤツは生きていマスッ!……こんな状態で…そんなありエナイッ!」
硝子の檻によって閉ざされた球の中に潜むナニカによって、
卵が孵化するかのようにヒビが入る。
その球状の物体のひび割れた部分から、
夥しい量のどす黒い血液と細かな肉片が流れ落ち、
球状の物体の直下に真っ赤な影を作る。
「ソレイユ、セレネ、お前たちだけでも逃げろっ!! こいつ……俺たちの手に負える相手じゃないッ!!」
「だめ……にへ。ここでボクが逃げたら、完全に結界が破られるっ! カグラこそ、セレネを連れて……逃げてっ……お願い」
ソレイユは額から汗を流しながら、
魔法による牢獄の維持に努める。
少しでも、時間稼ぎが出来るように。
だが、ソレイユの努力も空しく、
そのどす黒い卵から鋭い爪が這い出し、
魔法によって造られた絶対の牢獄はうち砕かれ、
球状の檻からドサリと肉塊が地面に落ちた。
否――。それは、明らかにグズグズに引き千切られたタダの肉塊。
……死んでいなきゃおかしい代物。
それが、自己再生の能力によって、
パッチワークのように繋ぎあわされていき、
元の形状に戻ろうとする。
無理やり崩れた肉片を繋ぎ合わせたせいで、
肉体のパーツがてんでバラバラに繋ぎ合わせられている。
目玉が足に、口が腹に、耳が顔に、鼻が背中に。
福笑いで失敗したってここまで酷くはならないだろう。
それでも……生きている。
こいつはいままでのモンスターとは違うっ!
獣は雄叫びをあげるっ!
異形は俺を一瞥したあとに、
自分をこのような体にした
張本人であるソレイユを睨みつける。
「なあっ! くそッ……っ! 間に合えぇぇぇっ!!」
カグラはソレイユを守るため、
異形の獣が駆け出すよりも一瞬だけ先に走り出す。
ソレイユまでの距離はそれほど遠くない。
せめて、ソレイユを逃すための僅かな隙を作れれば……。
「どこでも良いから、逃げろソレイユッ!」
「カグラ………だめ………足が……足が動かないっ」
目の前に迫りくる恐怖から足がすくんで動けない
……当然のことだ。
ソレイユの瞳から涙、鼻から鼻水、買ったばかりの
スカートも失禁でびしょびしょだ。
誰が笑うことができるだろうか?
明確な死の恐怖を前にして、
両足で立ってているだけで
……それだけで、どれだけ凄いか、
否定できる者がいるだろうかっ!
カグラはギリギリのタイミングで間にあった。
セレネが俺を助けてくれたように、
俺はソレイユを抱きしめ、押し倒した。
背中には、あの四つ足の魔物のカギ爪。
背中に熱を感じる。ソードオフの弾数はゼロ。
自己修復機能を持つ相手にカグラの格闘技術などはなんの意味も持たない……。
背中の傷は見えないが夥しい血が流れ落ちている確かな感触は感じる。
――客観的に見て、もはや絶対絶命。
(………うっせぇっ! だから……だから…………だから、なんだってんだよおおおおっ!!!)
「
中段の蹴りを起点とした、三連撃の足技による古武術のアーツ。
型が美しいだけで実践では使えないと蔑まれてきた古武術の一つ。
彼の磨いてきた、全て。
見る者が見たなら、彼のその一連の所作の美しさに魅入られ、
古武術が実践では使えない等という誤った認識を改める事になるであろう……。
その古武術の全てを、獣はその身に受け
――だが、無情にも目の前の獣には傷一つを負わせることも叶わない。
右手の大爪が、カグラとソレイユを丸ごと切り裂かんと振りおろされ、せめてソレイユだけでも守ろうと前に立ち塞がり、無駄だと理解しながらも一縷の望みにかけ、自身の体を肉の盾にする………ッ…………死を覚悟したカグラの瞳に映るのは、獣の爪…………否。見知らぬ女性の背中。
彼女はカグラと獣の間に颯爽と割り込んだ。
彼女はあまりに力強く、鮮烈で、そして彼女の背中はあまりに紅過ぎた。
彼女は、化物の長爪を鉄製のカットラスで防ぎきる。
見知らぬ彼女が構えている剣はおそらく魔剣や聖剣などの類ではない。
――それは、きっとどこにでもある、鉄の剣。
「クール! なかなかガッツがある子じゃないか。お姉さん、君のような子、嫌いじゃないよ。私様も娘がいなきゃ惚れてたかもしれないくらいさっ。だけどね、こいつは、あんたらの手に負える手合いじゃないよ。こいつは、ティンダロスの猟犬。時空を渡る獣さ。単純な強さという尺度で戦える相手じゃないという相手さ。チュパカブラの出現はその先触れ。怪しいと思ったらドンピシャだ。それにしても……よりによってこんな物騒な物まで漂着してくるとはねぇ。ここは私様に任せて、君は恋人たちを連れて逃げなよ。色男くん」
「………あなたには、あの化け物が………倒せるというのですか?」
「はんっ! 私様を誰だと心得る!? 私様は、一人娘の母親だッ!!」
そう言い放つと、彼女の足元から突風が吹き荒れる。
これは具現化した闘気の渦。圧倒的な密度の力の奔流。
彼女を見てひとめで分かった――彼女は、俺たちのいるステージとは違う。
「俺は、あなたを見捨て逃げます! 見知らぬ人よありがとう。そして……すまない」
「はんっ! 私様に向かって一丁前にかっこいい事言うじゃんかねっ! この色男っ。うっかり惚れちまいそうさぁ。やっぱ一夫一妻制ってクソさな。ほれほれ、邪魔だからとっととそこのぶっ倒れた2人を連れてどこへなりとも行っちまえよっ」
そう言い終えた後に彼女は、ソレイユとセレネに視線を送る。
これ以上語ることはない。
彼女らを連れてこの場を立ち去れと言う合図だと理解できた。
カグラは見知らぬ彼女に一礼してこの場を去る。
目の前で倒れているソレイユをおぶり、
セレネを両腕に抱え、この危険な戦線を離脱する。
カグラの後方で爆音、破裂音、轟音、咆哮、
巨大な金属のぶつかりあう鈍い音が聞こえていた。
だが、カグラは後方を振り返らず、
ひたすらにこの戦場から逃げ続ける。
これはもはや人類とモンスターとの闘いではない。
背後で聞こえてくる音だけで分かる。
……これはもう、戦争である。
俺は自分の両手の届く範囲で守れる女の子を救うため、
後方で孤独に闘う一人の女性を見捨てるという選択を取った。
カグラは振り返らない。
ただ、彼女が無事であることを祈りながら、
意識が途切れるまで二人を抱えて逃げ続けた。
これが、カグラ達が異世界転生後に経験した、
初めての敗北であった……。
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