第一章2-1 『肉だ!酒だ!宴会だ!』《日常話スキップ可》
ギルドのクエストとして、
素材を売りに道具屋を訪れていた。
「そこをさー。もうちょい高く買ってくれよ! なっ。こんだけの高品質の鋼が市場に出回ることなんてそうそうないだろ? 竜ですよ!? しかも
これは、カグラが不当にごねているわけではない。
通常の、買取価格の10分の1の下取り価格を
提示されたのだから焦るのも当然である。
「カグラ、おめーの言いてぇことは分かる。だがなぁ……間がわるいことに、良質の鉄の価値は、今まさに暴落している。ほら。お前も、この村の近隣の湿原に銀色に光るアメーバ状のモンスターが大発生した話は聞いているだろ?」
「ああ、メタルスライム大発生の件ね? おっちゃん。それがどうしたの?」
「おめぇなぁ……。そのだな、
「なにそれ怖い。チューリップバブル崩壊後のオランダみたいな?」
「うっせーボケ。おめぇーの転生前の世界のネタ振られても反応に困るっつーの。まぁ、そうだなデフレって奴だ。供給が需要に対して上回っている。鉄鋼価格が大暴落だ。在庫抱えている俺としては、頭がいてーよ。うるうる」
「うーん。おっさんもついてないなぁ……」
「だろぅ? それにあのメタ……銀色のアメーバは、だな。液状で加工しやすいから付加価値が普通の鉄より高いんだよ。それに比べると、加工が難しい
「はぁ。しゃーねーか、んで、この
「まあざっとこんなもんだな。おめぇさんが不憫だからおまけしといたよ。感謝しろよ!」
「おっちゃんも大変なのに、すまねえな。助かるぜっ!」
「それと、おまけにセレネちゃんとお前の銃の弾丸は、無償でおまけにつけといてやる。これで、次のクエストとかで、がっつり稼げよっ!」
「あいよ。おっちゃんおまけまでくれて、ありがとーよ。またくるぜ!」
――この世界は『超』難度の世界。
それは何も戦闘に赴く戦闘職の人間のみの話ではない。
生産職だって厳しい世界で生き抜いている曲者揃いだ。
つまり……。
「カグラの野郎。本当に脇が甘ぇなぁ………。そこが、憎めないところではあるんだが。もうちょい人を疑わねぇといけねえわ。毒気が抜けてなんか、こっちが悪い気がしてくるんだよなぁ。大丈夫かね、アイツ」
この武器屋のおっちゃんも、
決して
説明していない情報があるだけだ。
銀色アメーバが湿原に大量発生した
というのは、カグラも知る事実であり、
なおかつそれによって鉄鋼の価格が
大暴落したのも、事実である……。
ただ、それは
状況は刻一刻と変化していく。
事実としては銀色アメーバからとれた高品質な鉄は、
貴族や王族に昨日の時点で全て買い取られて、
むしろ逆に現在は鉄の供給不足。
……つまりカグラは、鉄を最大限、高値で
売れるチャンスを棒に振ってしまったことになる。
なお、この差額で儲けたおっちゃんがその資金を
元手に意中の女性に婚約指輪を買い、
このおっちゃんがプロポーズして成功した……
というのは、流石にどうでも良い情報であろう。
安値で素材を買いたたかれた、カグラは仲間に弁明する。
「かくかくしかじか……(中略)……こういうことなんだよ。すまねぇ。めっちゃ儲けられる予定だったんだったんだけど、思ったより稼げなかった!」
「はえ~。ボクなえなぇ~。それじゃぁ~予約していたジュジュ苑の焼き肉パーティーの約束はどーなるのー。ボクはおこだよ」
「おこって……。俺が教えた言葉か。ナウでヤングな若人が使う最新の流行り言葉だな」
「ムカ着火インフェルノォォォォオオうぅっ!」
「はいはい。ジュジュ苑はキャンセルだ。代わりに暗烙亭を予約しておいたから」
「……ジュジュ苑……残念デスッ……ジュジュ……エンっ!」
「暗烙亭と言っても、今回は食べ放題コースだからっ! デザートも好きなの食べて良いし、飲み放題もついてるからっ! だから元気だしてよ! 腹に入れば全部同じだからあっ!」
「……ジュジュ……エン」
「セレネさん。罪悪感がハンパないから勘弁してください。俺の責任も確かにあるけれど、これはですね。経済的な問題で、ですね。俺じゃぁどーしようもないんですよ。分かってくださいよ」
「……そういえば、あの
「すまねぇ。その予約な、俺からキャンセル入れといた……マジすまねぇ。その代わり、マシムラとかユニシロとかで、フリフリのフリルの付いた服買ってやるから。機嫌直してくれよ、な」
ソレイユがだだだっと駆け寄ってきて、
カグラの背中に抱き着いてきた。
カグラはその時……やっぱりなんだかんだで、
仲間から愛されているな、と確信した瞬間だった。
否――。頭頂部が後ろからかじられていた。
「ロリ助! おまえな。俺の頭はスイカとかキャベツじゃねーんだよ。おいおい、ロボ子おまえも噛もうとするなよ。お前に本気で噛みつかれたらモザイク必要になるわっ!」
そんなこんなで、女性陣の悲鳴やクレームや
時に暴力を受けつつ、3人で予約していた暗烙亭に向かう。
(俺には肉の味の違いとかあまり分からないから、美味しいと思うのだがなぁ……)
「へい。らっしゃい。おっ……いつものランチタイムお兄ちゃん。ディナータイムに来るとは珍しいじゃない。おまけに、彼女まで連れてきて、熱いねぇヒューヒュー!」
「ヒューヒューって、きょうび聞かねぇなぁ? おっちゃんはEMTかよっ! 今日は肉ガッツリ食べて行くから、おっちゃんも覚悟しとけよっ!」
「へいへい。予約のお客さん3名ご来店。5番上がり席を案内してやってー」
「……お肉……楽シミ……デスッ」
「にっひひひひ。ボクはめっちゃスイーツ頼んでやるにへぇ! しかも……食べ放題メニューにないスゥイーツを食べるにへ」
「なんだかんだで、お前らも楽しそうじゃないか。安心したぞ。やっぱり、高級店より、こういうアットホームな感じのお店で、財布を気にせず食べれる店が最高なんだって! 偉い人にはそれがわからんのです!」
「にっひひひっ! ここで会ったが三年目、絶対に……元とってやるにへぇ」
「おっちゃん。この普通のカルビ10人前ね。ライスは全員特盛り、クッパとナムルとユッケを人数分、キムチ盛り合わせと、あとサンチュも大盛り。あと生中と、カルピスサワーと、カシスオレンジね……っておまえら、協調性ないな」
「あいよー。残すなよー」
テーブルの上に、ドドドっと一気に注文した
料理が並べられる。さすが、チェーン店。
この辺りの対応は、手慣れたものである。
「さて…お肉に火も通ったので………食べるの……デスッ」
カグラが、トングでカルビを掴もうとした瞬間、
ソレイユが、さぁーっと大皿の上の
全肉をトングでかっさらっていった。
……それは一瞬の出来事であった。
――後日、暗烙亭の亭主は語る
『あれは、人間技ではありませんでしたね。はいっ…。幼女が、こう肉をガッと。そう、フグ刺しを、さいばしで、ぐあっ! とすくうように……はい……それをそのまま口に突っ込んだんですよ。あの時、思いましたね。ツチノコって、こういう風に捕食するんだなぁって』
「……ご飯……美味しいデスッ……焼き肉のタレをかけると……とても美味しいのデス……ひっくひっく……」
「おい。ロリ助。ちったぁ遠慮しろいっ! ロボ子が泣いてるぞ。おっちゃん悪いな。この普通の方の、食べ放題の方のカルビ30人前。追加オーダーで」
「…………おうさ。って食うのはえーな!」
しばらくして、肉が再び来る。
店長も意地になってだろうか、
30人前どころか50人前分
くらいのカルビを持ってきた。
…なお注文を渡す時に残したら
全額罰金という恐ろしい言葉を
残して去って行ったという……。
「お肉、美味しいのデスッ。サンチュにくるんで食べると美味しいのデスッ!」
「それにしてもロボ子。おまえさんロボットなのに、食糧とか要るのかよ?」
「……ワタシは、有機物をエネルギーとして摂取する事が出来るのデス」
「アンドロイドって言うとさあ、ほら、イメージ的に液体燃料とか、電気とかでエネルギー補給してそうなイメージがあるからじゃん?」
「……有機物……摂取可能なのデス……」
「って、なんでまた泣きそうな顔しているんですか……セレネさん? なんか、地雷踏んじゃいましたか?」
「カグラ……悪くないデスッ……私は……転生前の世界では局地殲滅型破壊兵器兼、セクサロイドとして造られマシタッ……だから、私は……有機物も摂取可能なのデス」
「…………」
(――良く分からないけど、完全に……地雷ったなぁ)
「あわわわ。ご主人さまっ! はやくフォローするにへ」
テーブル下で、ロリ助の蹴りが飛んできた。
オイオイ、どうやってフォローしろっちゅーんだよ。
「……まぁ。そのだな。あのだな。この件についてだな。俺がだな。完全に、俺が悪かった! 申し訳ない! そうだよな! 人それぞれ、辛いこととかいろいろあるよな。楽しい焼き肉の時に、トラウマを抉るようなことをしてごめんな。 大丈夫だ大丈夫なん絶対大丈夫だから!」
「……悪いのは……セレネなのです……う、産まれてきごめんなうわあああああん」
しばらく、俺とロリ助とでロボ子をなだめた。
なお、ロリ助はなだめつつも肉を食うのは
忘れていないどころか、追加で50人前を頼んでいたという。
(というかロリ助、100人前食べるとかどういう体の構造をしているのだろうか? 物理的に、その体に納まることはできないと思うのだ。体の中に小型の焼却炉のような物でもあるのだろうか? ……というか、そもそも肉焼いて食っているのだろうか?)
「おっちゃん。すまなぇ……。こりゃ食い放題とは言えさすがに、大赤字だよな。さすがに、定額で帰ろうとは思わねえよ。3倍支払う。まぁ、これで勘弁してくれ。とても、3倍じゃ納まらんとは、思うが勘弁してくれ。手持ちで出せるのはこれが限界だ!」
「まぁ。しゃぁーねぇなあ。馴染みのランチタイム兄ちゃんだから特別サービスだ。ほら、ガムも持っていけ」
途中のいろいろなバタバタはあったが、
結果として三人とも楽しそうにしていたので、
良かったかなと、カグラは安堵している。
(……はあ、それにしても本当にめっちゃ食った)
カグラは、酔っぱらったロリ助こと、
ソレイユをおぶりながら、ロボ子と手を繋ぎ、
仲良く3人で同じ安宿に向かう。
――残念ながら、男女別部屋だ。
異世界転生当時チーレムに憧れていた
カグラが起こした、忘れ去りたい黒歴史に
ついては、おそらく、後日語られるだろう。
(……語りたくないなあ)
******
カグラ達が帰ったあとの暗烙亭。
店長と、従業員との会話である。
「店長、そういや、今日あの予約の3人に出していた肉って一体何の肉だったんすか? なんか肉切り場の方が、とんでもなく大きくて硬い肉が入荷して、調理するのが大変だってぼやいてたんっすけど?」
「ああ、あれな。なんか知らんがな、
「
「食用可だ。なぁに、ちいっとばかし味は落ちるが、濃い目のタレにつけときゃ違いなんて分からんさ。冷凍保存するにも、場所とる訳だから、在庫処分としてあのランチタイム兄ちゃん達の胃袋に納まってもらおうとしたわけよ」
「店長、本当、商売人っすよねぇ」
「まあな。多少悪いとは思うが、店を経営するのも大変なんだ。それにしても、濃い口のタレで下味付けてたとはいえ、あの筋張った硬い肉をよくもあの量を食ったよな。それは驚きだ。あの兄ちゃんの騙されやすさは、ちょっと不憫ではあるな。まあ、あんまり酷い事になったら、ここで雇ってやるかね」
――そう、ここは『超』難度の世界。
戦闘職も、生産職も、料理店の店長も……。
一筋縄でいかない曲者ばかりの、弱肉強食の世界。
カグラたち3人はこの世界で頑張っていくのだ。頑張れカグラ!
そしてアルコールを抜くために、今日は早く寝ろっ!
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