4-1
「ラベンダさん、ここは酒場ではないんですよ。他の利用者さんもいるのですし、カウンターに張り付かないでください。」
司書がうんざりした顔で言う。というのも開館時刻からずっとカウンターに入り浸っているのだ。平日の人が閑散としている図書館とはいえ司書達も暇というわけではないのだ。仕事もある。
カウンターにずっと座り続けられたら他の司書にも迷惑がかかるし、残業をしてしまうかもしれない。それだけは司書は避けたかった。今日は商店街の特売日なのだ。終業時刻に直帰しなければいけない。
「そうは言っても私の恋の悩みを解決しない司書ちゃんが行けないんだぞ。私のこの苦しみを放置してもいいのかね?」
ラベンダは唇を小鳥のように尖らせて答える。
これが厄介であるのだ。いつものように本を持ってこようとすると「私の悩みはそんな活字なんかで解決できるほど柔じゃないのだ!」なんてことを言う。なら
(というか、私は恋愛したことないからアドバイスなんて出来ないのだけど...)
これも司書が簡単に答えられない理由でもある。恋愛小説は色々読むがそれを参考にしていいのかどうか。恋愛経験が無い故に断言が出来ないのである。
「他の人に聞いてみればいいじゃないですか。私より人生経験豊富な方もいますよ。」
司書が白旗とも取れる発言をする。人生経験と言ったのがそれなりのプライドと恥ずかしさの表れだろう。
「仕事中に邪魔しちゃいけないでしょ。それに司書ちゃんは話しやすいし、色んな人の悩みもすぐ解決するでしょ?なら私の悩みも解決できるかなぁって...」
私の仕事はお悩み相談ではないのだけどなぁと司書は呆れ果てる。本をお薦めするのは、多種多様の本の中から利用者の求めているものを代わりに見つけるということであって悩みを解決することを目的としているわけではないのだ。実際に司書からは特にアドバイスをする事は全くといってない。
「とにかく、私も考えてみますから本を読まないのであればお引き取りください。」
「仕方ないなぁ、もうそろそろ仕事に行かないといけないから出直すよ。」
そう言ってラベンダはカウンターから離れた。司書は返却された本の山を見つめる。特売までの時間を考えると他人の恋愛話は今は考えることは出来なかった。
「危なかったぁ。とりあえずお肉は確保できたから及第点だった。」
司書は両手に大荷物を持ちながら【とっとと鯉】を後にしていた。亜人が考えた氷室があるので特売で買い占めても問題ない。問題なのはラベンダのおかげで買いたかったパンと魚が買えなかっただけである。
「久しぶりだな。お目当てのものはみつかったか?」
目の前から新人冒険者を引き連れたブレイクが歩いてきた。ブレイクは、商店街の手伝いがてらに初心者への指導も行うようになった。いつぞやの本のおかげで、初めは怖がられながらも次第に良き教官として冒険者を育てられている。
「あっブレイクさん。ご無沙汰しています。お肉を沢山買えたのでとりあえずは満足です。」
司書は涎が出そうな程に顔を緩ませながら答えた。流石商店街の天使である。行く人々が司書を見て、その顔を皆が微笑ましそうに眺める。
「それはよかった。」
ブレイクは少し照れ臭そうに答えた。自分に向けられた笑顔ではないにしろ恥ずかしいのである。
ブレイクが自分も人生のパートナーを見つけたらこのような笑顔を見せてくれる人がいいなと思ったのはここだけの話だ。
「そういえば、ブレイクさんはモテそうですよね...ちょっと悩みがあるのですが聞いてもらってもいいですか?」
司書が少し恥ずかしそうに尋ねる。一瞬微笑ましい空気が凍った。商店街の人々は仕事をしながら耳を傾ける。商店街の天使が恋の相談だと!どこの馬の骨かは分からないがうちの天使は誰にも渡さない。ほとんどの人がそう思った。
「ん?だ、大丈夫だか、荷物もあるからな、一度家に戻ってからどこかで飯でも食いながら聞こうか。天蘭なんてどうだ。奢るぞ。」
「いいんですか!楽しみです。」
ご飯の約束を取り付けた司書はスキップしながら帰っていった。あの細い体のどこに大荷物を持ちながらスキップ出来る力があるのだろう。皆が不思議に思ったが、色気より食い気。その言葉通りであることで先程の空気は杞憂だったのではないかと安心した。
「後で飲み会やるからうちにこいや。」
【お肉なマンデー】のゼブラがブレイクに言う。これは断れないなと、ブレイクは苦笑いしながらとりあえず初心者を帰し、天蘭に向かうことにした。
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