クロスアイズの魔砲使いⅡ

二つの月

 月に照らされる夜の闇を、風を纏った矢が裂くように放たれた。


 弾丸のような速度で飛ぶソレは、ぶつかった相手を白い破片へと粉砕して虚空へと消える。

 黒革の上着と短い黒のスカートといった装いの少女が、矢筒から次の矢を手に取った。


 赤い紐でまとめられた銀の髪が揺れ、背丈の低い草がちらほら見えるだけの荒れた大地に、一点だけが美しく彩られて見える。


 長い耳とその白い肌はかつてこの世界に存在した、森で暮らす種族の特徴と一致する。

 白く細い少女の手に風が巻き、摘まんだ矢へと伝播して螺旋を描く。



「次!」



 黒銀の少女は弓に番えられた矢から指を離す。

 先と同じように、風を纏った矢は眼前の動く人骨を粉砕した。


 スケルトン。


 一言で言ってしまえば動く白骨死体だ。

 不死種と呼ばれる魔物であり、人骨のような外見をしているが本当に人の骨なのかは不明。

 腐肉が付いているような個体は見たことが無いため、もしかしたら白骨死体を模倣した別の何かなのかもしれない。


 ちなみに、動かなくなったスケルトンの骨は白の染料や壁の塗料として利用される事が多く、討たれると消滅したり、そもそも腐ってて使い途が無い不死種の中では比較的人々の生活に身近な存在だ。



「動きは鈍いし、硬くも無いんだけどちょっと多すぎないかしら」



 滅んだはずのエルフ、銀の少女アルシェが半目でぼやく。


 視界に広がるのは白波。


 ざっと見ただけでも50は居るだろうか。

 これだけあれば復興街の外壁を半分くらいは塗り直せるかもしれない。


 復興街の近辺ならば援軍も期待できたかもしれないが、今回は相棒と別行動。

 この場所以外でも不死種の大量発生が起きているらしく、戦後復興支援ギルド、グラースの構成員はその対応に動いていた。



「エルフさん!」



 背後からの声に振り返れば、近郊の村に住む人々が駆け付けてくれていた。

 先頭に立つ男性は大量の歪な形の矢を抱えている。



「アンタの話……夜に魔物が来るかもしれないって聞いてから村の皆で作ったんだ」



 アルシェの口許が緩む。

 エルフはかつて人間によって滅ぼされた。


 かつて大陸全土を巻き込んで勃発した最悪の戦争――大戦。


 その発端は今となっては分からないが、来訪者によってもたらされた銃という武器が大きく関わっているとされる。


 そして、エルフは激戦区となった地域の付近に暮らしていたが為に、その戦火へと巻き込まれて姿を消した。

 かつて彼等が住まっていた森は焼け、ただ一人の銀のエルフだけが残った。



「エルフさん、人間の事を恨んでるだろうに……それなのにこうして戦ってくれてさ……」


「何かちょっとでも手伝おうと思ったんだ。下手くそだから、上手く飛ぶかは分かんないけど」



 歪な矢を一本手にとり、アルシェはそれをまじまじと見詰めて矢に番えた。

 震える弦と矢の先端、狙う先のスケルトンをその銀の瞳が見据える。


 彼女の手から風が矢へと伝い、その手を離す。


 空気を裂く音と共に放たれた矢はやや右上に逸れるも、風がその向きを補正する。

 正面のスケルトンをぶち抜き、さらにその後ろに居たもう一匹の額に突き刺さった。


「私が初めて作った時の矢より上手くできてるわよ。安心して。全部当ててやるわ」



 村人から受け取る側から矢を放ち、アルシェは次々とスケルトンを仕留めて行く。

 空が明るみ始めた頃、ようやく全ての人骨が動かなくなった。


 村も人も被害はない。


 アルシェの弓は、全てのスケルトンを近寄らせる事もせずに地に伏せていた。

 大きく息を吐き、アルシェは髪を纏めていた紐を解く。


 頭を左右に振り、後ろに集まっていた村人達へと振り向いた。


 藍色に染まり始めた空の下、美しい銀のエルフは笑う。

 この傷だらけの世界でも、好きになれる人間がいるのだと。


         ◆


「ぁぁ~……疲れたぁ~……」


「あはは、本当にお疲れ様」



 グラースの本拠地である舘、ギルドマスターの執務室に二人の人影があった。

 一つは銀のエルフ、アルシェだ。

 もう一つ、真ん中で分けた茶色の髪と眼鏡の奥に覗く濃い緑色の瞳が特徴的な長身の男性。


 シャツベストがよく似合う柔和な表情のこの男が、このギルドのマスターであるルクスだ。


 執務室の中央に置かれたテーブル。その左右に置かれたイスの片方に、アルシェは行儀悪く寄り掛かって座っていた。

 午前の日差しと少し冷たい風が部屋の窓から入り込むのが何とも心地よい。


 ルクスはアルシェの前にカップを置き、ティーポットから茶を注ぐ。

 湯気を上げる琥珀色の茶からは良い香りが漂い、吹き込む風によってアルシェの元へと運ばれる。


 冷めない内にと口をつける。



「数が多いといっても動きが単調で遅いスケルトンって聞いてたからさ。アルシェ君なら苦戦もしないと思って一人で送ったんだけど……もう何人か必要だったかい?」


「あちっ! ん? んーん? スケルトン退治は余裕。村の人達が矢を用意してくれたから弾切れの心配もなかったし」


「あれ? じゃあ何でそんなへとへと?」


「村の子供よ。気に入られちゃったみたいで離してもらえなくて」



 ティーカップに息を吹き掛けながら言うアルシェの耳に、ルクスの苦笑いが届く。


 果物のような香りがほんのりと鼻を抜けるお茶は少しだけ甘くて、朝の空気に冷えた体に染み渡るようだ。


 温かいカップを白く細い両手で包むように持ちながら、伏し目がちにアルシェが口を開く。



「ねえルクス……今何が起きてるの……?」



 答えが即座に帰ってくる事は無かった。

 ルクスの弟、ネレグレス王国の現国王レーヴェフリードならばどうだったのだろう。

 視線だけを彼の方に向ければ、顎に手を当てて何かを思案しているようにも見える。


 ここしばらく、各地で不死種魔物が大量発生する事例が多発している。


 今回アルシェが対処に向かったスケルトンはまだ可愛らしい方。動く死体のような魔物、ゾンビや物理的な攻撃に高い耐性を持っている霊魂のような魔物、スピリットなど、不死種魔物にもいくつか種類がある。


 特にスピリットは魔法に精通した者がいなければ少数でも町一つ無人に変えてしまう事もある危険な魔物だ。

 不思議な事に、一つの場所に複数種類の魔物が発生したという報告は上がっていない。



「どう考えても自然に起きている事じゃない……けど、何が起きているのかを考えるにはあまりに情報が無さすぎる」


「でも、よく魔物の発生と動物の様子が関連してるなんて気付いた奴がいたものね」



 最初の数件、ネレグレスとグラースは共に発生した魔物の対処に人員を派遣……要するに、後手で行動していた。


 だが、早い段階である人物がその魔物の大量発生が起きる前には決まって近辺の動物が酷く怯え、野生の物は姿を消すという事に気付いたのだ。


 これを指標に現在は各地へと人員を送り、被害を未然に防ぐ事ができている。



「それね、気付いたの妹なんだ」


「え!?」


「妹、つまるところ王女ルナリアだね。昔から人には無い視点で物事を見る子でね。今回、騎士団や僕達の情報は全部目を通してくれたみたいなんだ」



 王女ルナリア。


 ネレグレス王国の王位継承権第三位の王女にして、現国王レーヴェフリードとその兄ルーカス……つまり目の前の彼、ルクスの妹だ。


 以前、グラースと騎士団との衝突の際には事前にレーヴェフリード側の思惑をルクスに伝えたり、彼を城に招き入れて匿ったりと暗躍した事もある。


 思えば、あの時の場内は人払いがされていた事もあってアルシェはルナリアの顔を見ていない。



「レーヴェフリードにしてもアンタにしても、王女様にしてもなんだかとんでもない兄妹よね……アンタ達」


「まあ否定はしないよ。僕に関しては、今は才能も残ってないんだけどね」


「そういう事にしといてあげるわ」



 カップに残っていたお茶を一息に飲み干す。

 まだ少し熱すぎるくらいで、喉元を過ぎると胸の辺りを焼くような感覚がある。



「っ…………っはぁ!」


「大丈夫かい?」



 彼女は無言のまま親指を立てる。

 少し慌てた様子だったルクスが小さく嘆息した。


 彼は書類を机の上に置き、自分のカップを持ってアルシェの向かいに座る。


 だらしなく座るアルシェとは対照的に、椅子に腰掛けるルクスは育ちの良さが窺えるなんとも姿勢の良い座り方だ。



「才能と言えば、アルシェ君は普段から難しい魔法を使うよね」


「難しい魔法……ああ、エンチャントのこと?」


「それそれ。自覚はあったんだね」



 魔力のコントールはまさに魔法の才能と言って良い。

 発火、放電、風の発生、水の放出……これらは自身を起点に発動させるのが基礎中の基礎だ。


 そして、これが自身から離れた地点に発動させるとなると難易度は大きく上がる。と言うのも、自身の魔力を形にすることなく放出し、拠り所となる物もない場所へそれを集束させる必要があるからだ。


 そして、これよりもさらに制御が難しいのが物体への付与魔法……つまり、エンチャントである。


 エンチャントが高難易度魔法とされる由縁は、魔法を纏わせるという特性にある。

 遠隔魔法であるならば一度発動させてしまえばそれで終わりであり、発動までの制御で足りてしまう。


 しかしエンチャントは対象の周囲に継続的に魔法を発動させ続けなければならない。

 その上、対象物と発動者の魔力との相性も考える必要がある。



「エルフって魔法の扱いに長ける種族ってのは知ってる?」


「うん。習ったことがあるよ。エルフはこの世界のどんな種族よりも魔力の保有量が多くて、それを巧みに操る森の霊人……だったかな」


「ええ合ってるわ。なんだけど私、頭が悪くてさ。魔法覚えるの苦手で苦手で……」


「勉強とか嫌いそうだもんね……アルシェ君」


「えへへー……恥ずかしながら」



 下を出しながら苦笑いを浮かべるアルシェだが、そんな彼女は難しいとされるエンチャント魔法を事も無げに多用する狩人だ。


 放たれる矢はことごとく風を纏い、時に速度を、時に軌道を操り敵を仕留める。

 それだけではない。

 撃ち込んだ矢を起点に発動される魔法をすら披露した事すらある。



「けど負けず嫌いな性格でねー私。いつか皆を見返してやりたくて……だから、たまたま森に来た師匠に魔法を教えてもらったのよ。たったの三年間だけど、毎日休みなんて無しに日の出から月が真上に昇るまでみっちりね」


「たまたま森に来た……あれ? もしかしてアルシェ君のお師匠さんってエルフじゃないのかい?」


「違うわよ? 大戦前に失踪してるから、何処かで生きてると思う。探しても見付かると思えないから、もう居ないものとして考えてるんだけど」


「相変わらずざっくりしてるね……どんな人なのか興味が湧いたよ。そのお師匠さんに」


「どんな人……リーズ。黒魔女リーズよ」


「――っ!? ゴホッ、ゴホッ!」



 カップを口に運んでいたルクスが盛大に噎せた。

 彼には珍しく乱暴にカップを置き、天井を仰ぎながら胸を叩いている。


 その間も苦しそうに何回も咳き込み、アルシェがその背中を擦っていた。

 しばらくして落ち着いたのか、二人はまた椅子に座り直して向かい合う。



「あービックリした……まさか、そんな名前を聞くことになるなんて」


「師匠の名前の七光りってのが好きじゃなくてあまり名前は出さないんだけどさ」


「黒魔女リーズなんて言えばお伽噺に出てくるような魔法使いだもんね。君の性格を考えれば分からなくはないけどさ」



 黒魔女リーズはルクスの言う通りお伽噺に登場する魔法使い。

 あらゆる属性、古今東西全ての大魔法を習熟し、厳格でミステリアスな存在として描かれる人物だ。


 ある時は勇者と共に邪悪な竜を討ち、ある時は滅亡の危機にある小国の兵士を気紛れに英雄に育て上げる。多くの物語で高名な魔法使いの代名詞のように登場するのがリーズという魔法使いだが、驚くことにこの魔女は実在の人物だとされてきた。



「まあ、師匠が本物の黒魔女リーズかどうかは分かんないけどね」


「たった三年の師事で魔法が苦手だった教え子がエンチャントを完璧に扱っている時点で相当信憑性は高いと思うけど」


「師匠、今何処で何してるんだろうなぁ……」


「会いたいのかい?」



 懐かしむようにアルシェが天井へと視線を向ける。

 まあね。と、短な返事だけをルクスに返し、大きく溜め息を吐いた。


 会いたいに決まっている。


 なにせ、今となっては唯一森でのアルシェを知る人物なのだ。

 いや、きっと森でリーズに教わっていた頃も今も大して違いは無いのだろうが、それでも森の匂いを思い出せそうで。



「お代わりでも淹れようか?」


「ん? じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」



 ポットから琥珀色の茶がそれぞれのカップに注がれる。

 森の物ではないが、それでも落ち着く香りが鼻を通る。


 きっと、これが今の生活の匂いなのだろう。

 朝の柔らかな時間は過ぎて行く。

 森の中も人の中も変わらずに。


        ◆


 女性のように長い金の髪とまるで光っているようにすら見える薄緑の瞳を持つ美しい青年が、しかし不機嫌そうに書類を睨んでいる。


 金の刺繍が施された襟元だけが青い白服に、紫色の上着を羽織った彼が腰掛けているのは玉座だ。


 彼、ネレグレス国王レーヴェフリードはゆっくりと紙を捲る。


 目を通しているのは各地で起きている不死種魔物の大量発生と、それに伴う交戦記録。


 騎士団の人員を指揮官とし、二人の連絡員、四人の魔術師、六人の前衛兵という部隊を複数編成して領土の各地に派遣している。


 連絡員は交互に状況を王都まで届けに来るのだが、その頻度を考えるならばもう二人ずつくらい連絡員を増やすべきか。



「先手が打てるようになってから目立った被害は出ておらぬか……」



 交戦記録ではどの部隊も苦戦すらせずに被害を抑え込んでいる。


 たまに出た被害というのも精々畑が荒らされた程度の物。放置こそできないが目立って大事でもないのが現状か。


 だがこれが連日、それもあちこちで発生している事には気を向けておくべきだろう。



「流血の国政を敷こうとしていた余が、よもや民の無傷に安堵しておるとはな……」



 思わず嘲笑が漏れる。


 平和を成した後の兵達の処遇は課題のままだ。

 騎士団は団長のエメリスを始め、全員が戦いの場が無い世界を目指す事を許してくれた。

 だが、戦場しか居場所が無いのは騎士だけではない。


 かつての大戦に、手にしていた職を捨て、あるいは戦火に暮らしを奪われて戦場に追われた者達も居るだろう。

 そんな彼らが、いつか争いの種にならないように、自分には何ができるのか。レーヴェフリードはあれからも考え続けている。



「レーヴェフリード王」



 呼び掛ける声に顔を上げれば、襟元くらいまでの長さに揃えた黒髪の女性が立っていた。

 熱された鉄のような鮮やかな橙色の瞳からは感情が読み取れず、色合いに反して冷たい印象を受ける。



「む? ああ、カルメリアか。そなた、今日は休暇ではなかったか?」



 目の前の女性はカルメリア。


 ネレグレスの騎士団において副団長を任せられている異世界からの来訪者だ。

 赤騎士の異名を持ち、その名の通り普段は銀のプレートを赤い布で仕立てた鎧を身に纏っているのだが、今の彼女はその装いではない。


 羊毛で編まれているように見える長袖の縦模様の白いセーターと、ロングの真っ赤なスカート。その格好からは普段巨大な剣を振り回しているとは思えない淑やかな印象を受ける。



「ええ、数日各地を飛び回っておりましたので、エメリス団長より休めと言われました。ですので本来は此処に来たくはなかったのですが」


「火急の用か。申せ」


「ルナリア王女が失踪されたとの知らせが入りました。使用人より……レーヴェフリード王」


「どうした?」


「使用人が王と話すの嫌だからって私に言伝て頼むくらい王は彼らに嫌われてますよ」


「…………マジで?」


「いえ、冗談です」


「そなたの冗談は分かりづらいわ!」


「ははははは」



 感情の窺えない目のまま、カルメリアが笑う。

 笑い声もわざとなのかまるで気持ちが籠っていない上に棒読みだ。


 一度前のめりになったレーヴェフリードは玉座に座り直す。

 一連のやり取りのせいで忘れそうになったが、ルナリアが失踪したと言っていた。


 しかし、レーヴェフリードは慌てもしない。

 大きく嘆息し、目の前の人形のような騎士へとその緑の瞳を向けるのみだ。



「カルメリア」


「はい」


「休暇の最中ですまぬが、ルナリアの捜索を……分かった。手当も出すしまた別の日に休暇を許す故、その苦虫を噛み潰したような顔で無言の抗議をやめよ」


「これは失礼しました。では赤騎士カルメリア、これより王女の捜索に出ます」


「あやつの事だ。今回の件に思うところあって魔物の様子でも見に出たのであろう。復興街を当たってみよ」


「はっ!」


        ◆


「と、いう事がありまして。現在捜索任務の最中なのです」


「いや、捜索しなさいよ」



 復興街の一角。


 アルシェはとある飲食店のテラステーブルで朝食を食べていた。

 朝は新鮮な牛の乳が出回るため、昼や夜よりも安くそれが頼める。


 木製のコップに注がれたミルクの他には、麦の粉を牛の乳と卵と混ぜた物を薄く焼いた生地の上に、種類豊富な野菜と塩漬け肉の薄切りが何枚か乗せられた物が彼女の前に置かれている。


 その向かいの椅子には、少し前にグラース本館で顔を見たあの――先程カルメリアですと自己紹介された――赤い騎士が座っていた。


 カルメリアの前には薄めたブドウ酒と、アルシェの物と同じ生地の上にこれまた数種類の果物が乗せられたデザートじみた物が置いてある。


 捜索任務の最中と言う割に、彼女はグラースで見たような鎧を着てはいない。

 それどころか、こうしてアルシェの相席でのんびりと朝食と洒落込んでいる。



「普段から男連中の中で暮らしてますので、同世代くらいの女の子と話せる機会は貴重でして」


「いやいや、嬉しいけどあんたのソレってある意味勅命じゃない。優先順位おかしいわよ」



 木製のナイフとフォークで食事を口に運ぶカルメリアはアルシェの言葉など意に介さないといった様子。


 感情の読み取れない橙色の瞳には間違いなく銀のエルフが映っているだろうに、どこか虚空を眺めているように見える。

 ルクスと話していた時はこんな様子だっただろうか。



「アルシェさんの協力を得られればすぐに終わると思うのですが」


「お断りよ」


「そこを何とか」


「何でよ! お国のゴタゴタにグラースの私を巻き込まないでよ!」


「私のお願いはある意味勅命ですよ?」


「優雅に朝ごはん食べてる奴が何を言うか! あ、ちょっと! お肉勝手に持ってかないでよ!」


「あ、これは失礼しました。お肉が食べてほしそうにしてましたので」


「それは私に食べてもらいたいのよ」



 マイペースなカルメリアとの騒々しい時間はあっという間に過ぎて行く。

 コップに注がれていた飲み物を二人が飲み干すと、あれほど賑やかだったテーブルはすっかり落ち着いてしまった。


 カルメリアは両膝を合わせ、太股の上に両の手を重ねて置いて座っている。

 呼吸で肩や胸が動いてこそいるが、その佇まいはまるで人形の様だ。


 外見の良さならばアルシェも負けてはいないし、こんな美人が二人で居たならばナンパにでも声を掛けられそうな物だが、先程までの騒々しさを周りが見ていた為か誰一人二人に声を掛けようと――。



「お二人さん、お食事は終わった?」



 聞こえた声は女性の物だった。

 カルメリアと共々に視線を向ければ、異様な姿の人物が立っていた。


 肩からくるぶしまでを覆うとてつもなく長い、ほんのりと赤み掛かった白の上着のような物を身に纏い、枯れた植物の茎で作ったような帽子……で良いのだろうか、ともあれそれを頭に乗せている。


 胸の辺りを押し上げる膨らみを見るに女性のようだ。

 背の中程くらいまで伸ばした艶やかな黒髪はカルメリアの物とよく似ており、腰にはゴテゴテした鞘のような物が提げてある。


 関わりたくない。


 アルシェからの第一印象はまさにこれである。



「侍……いえ、浪人ですか」


「ありゃ? よくご存知」


「え? 何? サムライ? ローニン?」



 侍。


 カルメリアの世界のとある島国で大昔に存在した役職で、まあこちらの世界の騎士に当たるような物だそうな。

 細身でありながら切れ味抜群の剣「刀」を携え、着物と呼ばれる服装を纏っていたとの事。


 無論、戦場に赴く際には武装をしたそうだが、世間でよくイメージされるのは着物に刀なのだとか。


 で、目の前の女性の装いはまさにイメージ通りのソレである。

 頭に被っている物は編笠というもので、こちらも侍が被っていたとか被っていなかったとか。


 もっとも、腰に提げた刀だけは流石にゴテゴテしすぎているが。



「あーしの名前はコウゲツ。楽しそうにしてる人等がいるなーって思ったら、尖った耳が目に入ってさ。ねね、君ってエルフだよね」


「うげ! こっち来た!」


「はい、こちらエルフのアルシェさんです」


「売りやがったわね!?」


「アッハハ! そーかそーかアルシェちゃんね。よろしく」


「よ、よろしく」



 編笠を持ち上げて満面の笑みを向けてくるコウゲツに、アルシェも引きつった笑みを返す。


 悪い人では無さそうなのだが、いかんせん服装のインパクトが強すぎる。

 着物は良いとしてあの編笠はどうにかならないものか。



「そっちの黒髪のおねーさんは?」


「名乗るほどの者でもありません」


「そいつはカルメリアって名前よ」


「チッ」


「舌打ち!?」


「よろしく、カルメリアちゃん」


「ええ、よろしくお願いします」



 ひとまず食事も終わった後に店先で騒ぐのも申し訳なく思い、アルシェの提案で三人は街を歩くことにした。


 向かう先は街の外縁。


 流されるような形ではあるが、まあギルドマスターの妹が危ないかもしれないのならば見過ごすこともできない。


 事情を知らないコウゲツまで引き連れて来てしまったが、カルメリアが何も言わないのだから大丈夫なのだろう。



「コウゲツさんは何故そのような格好を?」


「あーし? 侍チックにしてみようと思っただけだよ?」


「コウゲツさんが侍という訳ではないのですね」


「流石に違うよー。形から入るタイプなんだよね」


「しかしよくそんな服用意できたわね」



 コウゲツが纏っている着物も編笠もこの世界では見たこともない。

 そもそも来訪者の世界で大昔に存在した服装なんて売っている店があるとも思えない。


 となれば、あれらは手作りなのだろうか。

 着物は裁縫の技術があればどうにかなりそうだが、編笠は一体どうなっているのだろう。


 と言うか、何故枯れ草で帽子など作るのか……。


 コウゲツの先程の言葉を考えるに、彼女自身は別に侍でもないそうなので聞いたところで分からないだろう。



「コウゲツさんは何をされてたのです?」


「あーし? うーん……諸国漫遊……いや、別に色々な国は巡ってないし漫遊の旅かな」


「つまりただの放浪者ね」


「アッハハ! てきびしーねぇ」



 コウゲツの愉快そうな笑い声は何とも聞いていて心地が良い。


 エルフと私服の騎士と格好だけの侍。

 異様な取り合わせの三人は歓談している間に街の外れに辿り着いていた。


 グラースの支援もあって人々の生活は支障の無い水準にまで戻っている復興街ではあるが、それでもここが激戦区となっていた傷跡は色濃く残っている。


 街の外れ、人の生活から離れた場所にまでなると今だ復元できていない建物や、荒れた地面などがあちらこちらに確認できた。


 カルメリアとアルシェは知らずの内に口数が減っていた。

 人間の騎士とエルフの生残り。

 種族の違いこそあれど、傷跡の街並みはどちらの目にも痛々しく映るのだろう。



「酷いものね」


「ええ、戦場が居場所の騎士である身で言うことではないかもしれませんが、愚かな限りです」



 ここが戦場だったのも今となっては昔の話。


 犠牲者の痕跡は既に風化し、傷跡と今を生きる人々の働きで隠されつつある。

 だが、隠されたからと言ってそれを忘れてはならない。


 戦争の火を恐れる事を忘れた時、それはきっと再び燃え上がって世界を飲み込むだろう。

 そうしたならば、次は何が滅びるのだろうか。



「…………大戦。この世界の人々が行った歴史上最悪の間違い……か。なんでだろうねぇ……あーし等みたいに、会ってすぐでも人って並んで歩けるはずなのに……さ……?」


「どうかされました?」


「魔物の臭いがする」


「臭い?」



 コウゲツが周囲を見渡した後、廃墟の一角を見る。

 復興街中央とは丁度真逆の方向。つまり街の外側だ。


 鼻が利くはずのアルシェには彼女の言う臭いが感じられず、隣を見る限りカルメリアも分からないといった様子。



「ごめん二人とも。勝手についてきてあれだけど、気になるから行ってきていい?」



 アルシェの視線が落ちる。


 変わらぬ様子を装うコウゲツだが、腰の刀に添えられていた手は固く握られていた。

 小さな溜め息の後、笑みを浮かべたアルシェがうなずく。



「杞憂かもしれませんが、私も同行します」


「え、でも……」


「申し遅れました。私はネレグレス王国騎士団副団長、赤騎士カルメリア。現在は休暇の最中でしたので剣も鎧もありませんが、僅かにでも危険があるかもしれない場へ庇護すべき対象を一人で向かわせるような真似はできません」



 私服姿の赤騎士は、これまでのどこかふざけた様子から一変して凛然と立つ。

 かつてグラース本館で見たあの赤騎士だ。


 どこか非生物めいた冷たさを内に湛える瞳には、しかし正義感のみが宿っている。

 人はここまで装置になれるのか。かつてのアルシェならばそれを恐ろしく感じたのかもしれない。


 だが、今のカルメリアに感じるものは頼もしさ。

 紛れもなく、その機械のような女は騎士であるのだから。



「ごめん! ううん……ありがとうカルメリアちゃん! こっち!」



 侍と赤騎士は駆けて行く。


 二人の背を見送ったアルシェは、ゆっくりと手首の紐を解くとそれで髪を結う。

 騎士の仕事を奪う訳にもいくまい。


 しかし、あの様子を放っておけるアルシェでもなかった。


 足下に風を纏い、地面を蹴り、そして次に空を蹴る。

 空へと跳ね上がった彼女は、弓を構えて眼下を見た。



「本当に魔物……って、しかも誰か追われてるじゃない!?」



 援護に徹しようとしていたが予定変更だ。

 矢筒から取り出した矢を弓に番え、そして――。


         ◆


 暗い建物の中に発砲音が響き渡る。


 黒布に金の刺繍が施された外套を纏った女性が、床を蹴って後方へと飛び退いた。

 彼女の左手は竜を彷彿とさせる刺々しい意匠のある黒い手甲に覆われ、その手には銀色のリボルバー銃が握られている。


 長椅子の並ぶボロボロの床を二度、三度と蹴りながら、外套の女性はその都度引き金を引く。

 乾いた発砲音が響き、床を壁をと木片を散らしてぶち抜いてゆく。


 外套のフードが揺れ、その左の瞳が僅かに見えた。

 サイティングマークのような虹彩を湛える、赤く光る瞳は目に見えない何者かを確かに捉えている。



「何なんだこいつは」



 うんざりといった様子の彼女……いや、その女性の体を操る男、クロイツは弾倉が空になった銃を取り零すように捨て、左手をフリーにする。


 闇に溶ける相手と距離が開けている事を確認すると、クロイツは小さく呟く。



「形成」



 手甲に覆われた左の手に青白い光が集まる。

 光は瞬く間に形を成し、やがてロングバレルの銃の姿を取る。



「ショットガン」



 青白い光が弾け飛び、その手にはショットガンが握られていた。

 クロイツはそれを片手で構え、トリガーを引く。


 放たれるのは散弾。


 銃口を起点に扇状にばら蒔かれた弾は空間に無数の穴を穿った。



「――――――――!!」



 獣のような声にならない咆哮が聞こえた。

 穿たれた穴から血が滲み、透明な体を伝ってその姿をぼんやりと映し出す。


 もっとも、その姿はクロイツの目――十字の瞳ことクロスアイズ――にはその異形はくっきりと見えているのだが。


 ドラゴン……などと言うにはあまりに歪だが、彼が知る限り最も近いのはそれだろうか。

 鱗の無い光沢とぬめりのある白い肌と翼膜が本能的な嫌悪感を煽り、バランスの悪い体躯で四足をギクシャクと動かす。


 顔のあるはずの場所には暗い穴が一つ穿たれているのみだが、咆哮を上げるばかりではなく視線すらはっきりと感じる。



 ――なんですの? あれ……。



 頭の中に女性の声が響く。

 彼女の名前はクリスベリル。

 クロイツが操る体の主であり、世界でも名の通った狂人だ。



「分からない。だが、今世界で起きてる不死種魔物の大量発生に無関係ではないだろうな」



 怪物と言う他無い。


 クロスアイズでなければ姿も見えないソレは、人間の二倍以上の体躯でありながら軽々と飛び込んでくる。

 木張りの床を砕いて穴を穿ちながら、その翼の先端に生える爪を突き出してきた。


 クロイツは頭上を後ろ回し蹴りで払いながら、怪物の攻撃をいなして地面に叩き付ける。

 そのまま顔の無い頭に二発ショットガンを叩き込んだ。


 動きが止まる様子はない。


 見た目――と言ってもクロスアイズでしか視認できないのだが――通りタフだ。

 空いている翼爪で払う動作を上体を反らして避けると、もう一発を撃ち込みながら上方を飛び越えた。



「こいつも不死種魔物なのか」


 ――どうなのでしょう? 仮にそうだとするならば太陽光が苦手なはずですが。


「太陽光か……」



 天井を見上げる。


 老朽化した木製の建物ならば、数発撃ち込めば抜けるだろうか。

 姿が見えないままならば驚異的な相手だろうが、クロスアイズを有するクロイツからすれば恐ろしい手合いでもないだろう。


 動作は緩慢と言う程遅くはないが、こちらの動作を予測して攻撃してくる事はない以上、対処は難しい物ではない。

 体勢を立て直してこちらへ向き直った怪物は、再び長椅子を蹴散らしながら突進してきた。



「形成・ガトリング」



 左腕に六本のバレルが円形に並べられた砲身が現れる。

 飛び込んで来た怪物を脳天から蹴り落として叩き伏せ、天井へ向けてガトリングを撃ち込む。


 言葉にしようがない炸裂音と回転音が連続し、薬莢の雨が足元で倒れ伏している怪物に降り注ぐ。

 天井に次々と穴が穿たれ、砕けた木屑が薬莢の雨に紛れる。


 穴から陽光が射し込み始めた。


 巨大な破片が頭に降り落ちるもクロイツ、そしてクリスベリルは動じもしない。

 弾を撃ち尽くした後、ガトリングを放り投げた。

 大質量の銃身は穴だらけにされた天井を軽々とぶち抜き、クロイツの真上に太陽の光を降り注がせた。



「さあ、たんと喰らいな」


「ァァァァァァァ――――!?」



 金切り声のような悲鳴を上げ、怪物の体から煙が吹き出した。

 同時に、青い宝玉のような右目にも怪物の姿が見えるようになった。


 クリスベリルの言った通りだ。


 様子を見る限り、これも不死種の魔物だったということか。

 苦しむ怪物が暴れだそうとするが――。



「そこで寝てな」



 先程投げたガトリングが砲身を真下にしながら降ってきた。

 怪物の胴体を貫き、地面へと拘束する。

 長らく暴れた怪物だったが、煙を吹き上げながらいよいよ動かなくなった。



「廃教会の怪物。不死種魔物の大量発生。さて、何か関係があるんだろうか」



 外套を揺らしながら、長椅子を持ち上げて怪物の骸に突き刺した。

 事切れているのだろうが、相手は不死種。


 万に一つでも動き出されでもしたらたまらない。


 念入りに床へ磔にした後、外套のフードを脱いで金色の髪を露出させる。

 頭を左右に振り、額の煤を拭いながら教会を出た。


 王女に見せれば何か分かるのだろうか。

 一旦報告をするために、クロイツはグラースへ戻る事にした。


        ◆


 アルシェの放った矢はウルフの足を撃ち抜いた。


 走っている最中に突如として足を撃たれた魔物は前のめりに倒れ、追われていた金髪の女性が距離を取らせる事に成功した。

 コウゲツとカルメリアがその間に駆け付ける。


 カルメリアは何があったのか瞬時に理解したらしく、アルシェの側へ頭を下げた。

 空を蹴ってアルシェは前へ跳ぶ。

 二人のいる場所へと向かう最中、炸裂音と金属の打撃音が耳に入った。



「火薬? いや、これは銃!?」



 腰を深く落としたコウゲツが鞘から刀を振り抜いていた。

 刀はウルフを真横に一閃し、血飛沫すら噴き出させずに地に伏せる。


 目にも止まらない超高速斬撃。


 火薬の臭いの正体は、鞘から立ち上る硝煙だ。



「どーよ? あーしの自信作……撃鉄刀の抜刀術は」



 編笠の下、コウゲツが楽しそうに口角を吊り上げていた。

 ウルフから助け出され、肩で息をする女性に駆け寄っていたカルメリアが怪訝そうな視線をコウゲツの撃鉄刀に向けている。


 風を纏ってゆっくりと着地したアルシェも同様に視線を向けていた。

 刀を鞘に納める際に何かが填まり込むような金属音が鳴る。



「何? 今の……」


「抜刀術。居合いとも呼ばれる技術です」


「あーしはそんなに技術がある訳じゃないからねー……こいつはその抜刀を火薬の炸裂の勢いでサポートする武器なんさ」



 鞘に納めた剣を抜き放つ動作のまま相手を攻撃する技術。

 単純に振り抜く以上の超高速の一撃は、音の速度すらも超えると言われる。


 コウゲツの刀は言ってしまえば銃弾を放つ感覚で刀を放つ理論で作られた武器だ。


 曰く欠点は反動が大きくて手が痺れることと一撃毎に専用のカートリッジを装填しなくてはならない事だそうな。



「あ、ありがとうございました」



 ウルフに追われていた女性が頭を下げる。

 白いドレスのような長いスカートは土で汚れてこそいるが、値の張りそうな質の良いものに見える。


 胸元には赤い宝石のあしらわれた首飾りが光る。

 金の髪と緑色の瞳、白い肌とその服装はカルメリアとは違う意味で人形じみて見えた。



「護衛もつけずに外に出たのが間違いでした……ああ、失礼を! 私、ルナと申します!」



 髪と目の色。


 そして名乗ったルナという名前。

 アルシェはカルメリアにそっと耳打ちをする。



「ねえ、この人が王女様……?」


「恐らく」


「恐らくって……まさかアンタ」


「はい、実はルナリア様の顔を知らないのです」



 悪怯れる様子もなく淡々と言うカルメリアに、アルシェは引きつった笑みを浮かべる。


 こんの鉄面皮。と内心で毒づく。


 しかし、この女性が王女であろうがなかろうが、保護した以上はカルメリアへ預ける事に変わりはない。


 先程、護衛がどうのという話をしていた事から考えるならば、王族でなくとも貴族階級である可能性は非常に高い。


 アルシェがルナに声を掛けようとした矢先、僅かに言葉を飲み込んだ。

 ルナがじっとコウゲツを見ていたからだ。



「んにゃ? どーしたの? ルナちゃん」


「あ、いえ……なんでもありません」



 何処かルナがコウゲツを見る視線に覚えがあったのだが、どうにも何に違和感を覚えたのか、その正体が明確に分からない。


 ルナが視線を外すと、アルシェが感じていた違和感もふっと消えてしまった。


 そんなルナの様子を見ていたコウゲツは小首を傾げるばかり。

 どうやら違和感を感じたのはアルシェのみだったらしい。



「この後どうするの?」


「一旦、自警団の番所へ向かおうかと思っています。迎えを手配するにしても都合が良いですし」


「異論はないわ。コウゲツは?」


「あーし? まだエルフの事も全然聞けてないしついてくよ?」


「大所帯になっちゃったわね……まあいいわ。こんな所にいたらまた魔物に襲われてもたまらないし、さっさと移動しましょう?」



 復興街はまだ国の管理が完璧に行き届いていない。

 騎士の派遣は最近まで行われておらず、自警団が治安を守っていた。


 とはいえ、自警団など素人の集り。良くても大戦時代に兵士として戦場に出ていた者が紛れる程度だろう。


 故、治安の維持にはグラースの人員も充てられている。

 その活動拠点となっているのが番所だ。

 先日の騒動以降、駐屯施設を用意する費用を削減する意味も込めて国の騎士も数人配備されている。

 保護した人物を一旦置いておくには最適だろう。



「……………………」



 ルナは無言のままだ。


 時折、アルシェとコウゲツに視線を向けているがそれだけ。

 何か話し掛けるでも、表情に出すでもなく目線が合うとすぐに逸らしてしまう。


 段々と分かってきたのだが、彼女の向ける視線には何故だか覚えがある気がするのだ。


 知人が向けるソレに近いような。

 ふと頭に浮かぶのはルクスとレーヴェフリードの顔だった。



「なるほどね」


「え?」


「あ、ううん。気にしないで」


 不穏な夜の影はまだ遠い。

 人々の営みで活気付く、朝の町を四人は歩いて行くのだった。

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