人の御大切
盾と、泣き喚くメドウを抱いた棍棒が姿を現したとき、ジロウは色々と覚悟を決めていた。体を持たないオカイコサンは別にして、三毛の子猫に美しい黒猫、並外れた大きさの毛長猫が揃っているのだ。
しかし、盾も棍棒もびくりともしなかった。
「ジロウ殿、お邪魔かとは思いましたが」
「メドウの様子が常とは違います。熱は無いし、吐いたりもしていませんが」
二人の疲労困憊した様子もさりながら、真っ赤な顔を涙とよだれでぐしゃぐしゃにしたメドウを見た途端、ジロウは頭を下げて駆け寄った。
「メドウ、どうした」
抱き取ったメドウは、引きつけ寸前の泣き方をして聞く耳を持たない。
「メドウ、父だぞ。わかるか?」
「お、もっち、かあちゃ、ん、かあ、ちゃん、お、もち」
メドウは、リヤンのことを母ちゃんとは呼ばない。ジロウはそれに気付いて、眉間の皺を深くした。
「お二人にはご迷惑をかけました。申し訳ありません」
「いえ、とんでもない。どうしましょう、寺に戻りますか?」
「いいえ。しばらく外の風に当たったほうがよかろうと思います。お二人はお戻りください」
「そうですか。では、寺の手伝いでもしていましょう」
二人が立ち去り、メドウの泣き方もしゃくり上げる程度におさまってから、ジロウはようやく辺りを見回した。猫たちの姿は見事に消えている。
[なんや、いつの間に? メドウにも会わせてやりたかったのに]
「天鬼になれば、自在に姿を消せる。知らんのか?」
耳に届く声がして、三匹がぽんと姿を現した。ひくっと喉を鳴らしたメドウが、一瞬で泣き止んだ。半開きの口からよだれを垂らしたままで固まっている。
「ね、こ?」
「そうだ、猫だぞ、メドウ」
「ねこ?」
「魔石持ちではない猫だぞ」
腕の中でじたばたと身をよじるメドウを、ジロウは地面に下ろしてやった。寝そべった大猫が、ふさふさの尻尾を地面に打ち付けている。
「おっきー、ねこちゃん」
『ふん。赤子か』
触ろうとして触れずに膝を曲げたり伸ばしたりしているメドウの側に、黒猫が優雅に歩いてきた。長い尻尾がぴんと立っている。
「転生者? あら? 妙だわね」
メドウの手が、大猫と黒猫に交互に向けられるが、やはり触れない。
「なるほど。二つの世にまたがっているのか」
三毛猫の声がして、父と子は揃って体を震わせた。
「あの、老師? それはどういう意味でしょうか?」
ジロウは前のめりになって、声を絞り出した。
「うん? そなた、召喚者であろう? 二つの世をまたぐ者だ。その子として生まれるという荒技で、姿を得たのだな」
「はい?」
「本来ならば、一つの生を終えてから生まれ変わるべきであった魂だが、世のことわりを越えて来たのだ。興味深いが、今はその話をしている時が無い」
「あっ、みいちゃん!」
ジロウは自らの胸元を掴んで唇を噛んだ。
「助けに行かねば!」
「助けると言っても色々あるが、行くべきだ。さて。その赤子をどうする、人の子よ?」
美声で語る子猫だが、メドウは声が耳に入らぬように「ねこちゃん、ねこちゃん」と繰り返し、触りたそうにもじもじするばかり。ジロウは爆発を堪えるような赤い顔だ。
「連れて行けますか?」
「連れて行きたいのか?」
「離れたくないのです」
素早いやり取りを聞いていた黒猫が、ジロウの足に尻尾をこすりつけながら歩く。
「この子のもう一つの体、生きるか死ぬか、選びきれずにあがいているところね。どっちの世を選ぶにしても、生死はまた別の話。それを保留にしたいのなら、そうねえ」
見下ろすジロウと視線が合った黒猫は、すっと目を細めた。
「とりあえず、あなたの御大切に入れなさいな」
「そんなことができますか?!」
ジロウは否定するように、懇願するように、声を絞り出した。
「これより【猫つなぎ】を行うのだ。魔に魅入られぬよう絆を結ぶため、
子猫の声に少しの苛立ちと、辛抱強さを聞き取って、ジロウは身震いをした。
「であれば、そなたの御大切に入れて行くよりあるまい」
「分かりました。では、どうしたら?」
「願え」
ジロウは思わず跪き、両手の指を組んで首を垂れた。
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