邂逅
松明を掲げた三人は、途中まで道案内についてきた僧と別れ、一軒の店の裏手に回った。
塀に囲まれた広い裏庭は、雑草なども伸びておらず、殺風景なほどだ。塀の近く、つまり建物から離れたところに、板で蓋をした上に大きな石を載せた古井戸があった。
三人は用心しながらゆっくりと近づき、盾が松明で照らしたところをじっくりと見た。
「声は聞こえませんね」
「そもそも、蓋もされているではありませんか」
それでも、ここがみいちゃんと魔石持ちの約束の場所であるのは間違いないと、ジロウは思った。
「蓋を外してみましょう。お二方も、良いですね?」
僧たちが頷くのを確かめてから、ジロウは石に手をかけた。それから板を持ち上げる。
まずは松明だけを差し伸べ、何も起こらないことを十分に確かめてから、三人揃って井戸の縁から下を覗き込んだ。
何も起こらない。全く何も起こらない。
「こう言ってはなんですが、店の主人が寝ぼけたということはないでしょうね?」
棍棒が言ったが、盾もジロウも首を傾げた。特にジロウは、ここに魔石持ちがいたと聞いている。
「恐ろしい思いをしたのなら、いきなり責めるような真似はしたくありません。夜が明けたら一番に、祠とやらに行ってみませんか」
ジロウは二人にそう提案した。
「祠の神に、事の真偽を問うのですか?」
「お坊さまとしては、そういうことは許されませんかね?」
僧たちは顔を見合わせた。
「今宵は誰も襲われずにすみましたが、本当に猫がいたのなら、そのままにはしておけませんね」
「となれば、何かしたほうが良い」
二人は頷き合い、ジロウと共に祠に行くと返事をした。
とりあえず寺に戻ろうということになり、僧たちの後について歩き出そうとしたジロウは、懐に入れてきた猫じゃらしを思い出した。
[みいちゃんはおらんのに、持ってきてもうたな]
何となくそれを取り出しかけたときだ。
『そなたがジロウか?』
頭の中に声が響いて、彼ははっと足を止めた。
[そうやが?]
『良かった。いや、良くない。そなたがみいと呼ぶあやつが連れ去られた』
「なんだと!」
思わず叫んだジロウを、僧たちが驚いて振り返った。
「あっ、ああ、申し訳ない。今…思いついたことが」
「そうですか」
「良い案が浮かぶかもしれません。われらは先に戻っていましょうか。松明がこれしか無いですが」
「じきに夜も明けるでしょう。それから戻ることにします」
二人は気を利かせたのか、頷き合って足早に去っていった。ジロウはほっと胸を撫で下ろしかけ、安心する状況ではないと我に返った。慌てて周囲に目をやる。
[誰や? みいちゃんが連れ去られたてか?]
『そうなのだ。万が一何かあったら、ジロウに知らせてくれと頼まれていたのでな』
[あっ、一緒に行った天鬼か? 二匹おる言うとったが]
『そうか、聞いているか。相方は今、老師を迎えに行っておる』
[もう近くまで来とってんやな。で、みいちゃんの行方はわかっとんのかい?]
『想像するしかない。だが、【猫つなぎ】が出来上がれば必ず届く』
[あー、そのつなぎいうの、昨日言うてたな。敵の本拠地に斬り込めるんか?]
『それは知らん』
「は?」
『行き先は、先端に立って願ったもののみが知る』
[そうなん?!]
ジロウはあんぐりと口を開けた。
[いや、それやったら大師匠か誰かが、みいちゃんを助けに行くでぇ
自分に言い聞かせるようにして首を振っていたジロウは、自分が井戸の上に載せ直した石がぽうっと光っていることに気がついた。
「あれか?!」
思わず指を向けると、話し相手の天鬼も『おお』と言った。
空気中の成分が結晶でもするように、光が凝縮してゆく。
ジロウはごくりと息を飲んだ。
しゅんっと光が一点に集中したかと思うと、幽かな光を発するものが出現した。
「え?」
ジロウは思わず声を発し、目を細めてそろそろと近づいた。
気がつけば、夜が明けようとしていた。
「あ、あの…?」
少しばかり距離を置いて、ジロウは足を止めた。
井戸の上、石の横にちんまりと出現したものが載っている。
『オオミカミさま、ようこそお越しくださいました』
天鬼の声がしたので、ジロウは思わず目をこすって腰をかがめた。
天鬼はそれきり黙り、遠くで鳥の声がするのみ。しらじらと明ける空の下、ジロウは呆けたように目の前のものを見つめ続けた。
どれほどの時が経っただろう。
いかにも目が開いたばかりの小さな三毛猫は、みゃあと幽けき声を発した。
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