語り合う猫
ジロウは、滔々と流れる二匹の猫の会話から、オカイコサンの立ち位置を考察した。どちらもジロウの存在をほとんど無視していたからだ。
遠い昔、まだ魔石持ちの猫が現れていなかった頃の話。養蚕の盛んなこの地域では、大切な蚕を鼠から守るため、飼い猫に頼っていた。
やがて繭が多く採れた年に、世話になった猫たちにお礼をと祠が建てられた。なので当初はオネコサンと呼ばれていたという。それがいつの間にか、オカイコサンに変わった。魔石持ちが現れ、人が猫を恐れるようになったせいではないかという。
今や村は寂れ、養蚕も廃れたために詣る人は減ったらしい。それでも、いつからか始まった〈またたび酒を供えて困りごとについて問うと、夢でお告げを頂ける〉という言い伝えは残った。
『実のところ、われは長いこと生身を持っておりませんでな。祠に居ついて人の相談事に耳を傾けているうちに、転生の機会を逃し続けております。このごろは訪ねてくる人も減ったので、異界と行ったり来たり。まあ、そのお陰で、クウになることもできましたが』
[なるほど。蛍の光や思たんは、人魂みたいなもんやったんか]
『猫の魂に人魂とは! 無礼者っ!』
ぼおっと考えていたジロウは、みいちゃんに怒られて飛び上がった。
[すまん! 考え無しに言うてもうた]
『ついうっかりが最もたちが悪い。猫を尊重しろ』
『まあまあ、テン、そのくらいで良いでしょう。人は愚かなものですが、だからこそ可愛いのです。それよりも、【猫つなぎ】のことですよ』
ジロウは眉をぴくりと動かしたが、おとなしく口をつぐんだ。
『身持ちの皆さんと違って、われはどこへでも好き勝手に行けます。大勢が集まり始めたのを知ってから、気にかけておりました。弱小とはいえ神もどきの扱いを受ける身、【残像の間】にも行ってみました。それでお知らせに来たのです』
話がよく分からないジロウは首を傾げたが、あえて声に出して「聞こえているだけだ、聞こえているだけだ」と呟いた。
『ということは、そういうことか?』
『そうです。あと、一匹分です。しかも、ずんずん近づいておられます』
『じきか』
『もうじきですとも!』
[なんや? なんや、なんや、なんや?]
『やかましいぞ、ジロウ』
[そうかて、気にするな言うても無理やで。じきに何が起こるんや?]
『うん? 老師がお越しになると教えただろうが?』
[あ、その話やったん?]
『今宵は魔石持ちに会うが、とりあえず三匹で行くとするか』
「えっ?」[ちょお待った! 今夜やったんかい? なんで言わんかったんや?]
『だから、今教えたのだが』
[いやいやいや、もうちょっと早うに言うもんやろ、普通]
ジロウは慌てて手を振り回した。
[どこで会うん? あれか、後の二匹もあれできるんか、あれ。踊り]
踊りという表現は気に障らなかったようだ。みいちゃんはあっさりと『できる。教えた』と答えた。
『場所なら、通って来たぞ』
[通って来た? 今日か?]
『うむ。この寺に来る前、表に供え物の類を置いた店があったろう?』
[ああ、あそこな]
『あの店の裏手に、枯れ井戸がある。その中だ』
[井戸の中ぁ?! そら危ないがな!]
ジロウは懸命に首と手を横に振った。
『とうの昔に枯れた井戸だ。水があったら、さすがのわれでも断っておる』
[いや、そういうことちゃうやろ。たまーに、井戸に猫が落ちたいうて騒ぎになるがな。
『その魔石持ちがねぐらにしているのなら、出入りに問題はなかろう。奴の心配は無用だ』
[ねぐらかい。そっちの心配はしてへんわい。ほんなら、みいちゃんたちは]
『天鬼に出られぬ井戸があるものか』
[はあ、そうなん?]
『どのみち、ジロウには関係のないことだ。寺でのんびりしておれ』
のんびりと言われて、ジロウは幾分傷ついたような顔をした。
[まあ、井戸の底いうたら、俺には簡単なことやないし。来てくれ言われても無理やけども。黙って待っとくしかないわなぁ。帰ってきたら、どんな話になったんか教えてや]
『よかろう。おそらく魔石も立派だろうて。楽しみに待て』
[あ、それや]
ジロウは目を見開いた。
[魔石もそこそこ貯まっとぉけど、何に使える?]
『魔力の素だぞ? 貴重なものなのだぞ?』
[そんなん言うても、俺にはどうこうできんしなぁ]
『大事に持ち帰って、マイナムにでも見てもらえ』
例によって、みいちゃんは相当に面倒臭そうに言い捨てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます