祀られしもの

 盾と棍棒は、僧としてではなく、ただの異界の民として語るのだとわざわざ前置きをした。


「この先、西の山岳地帯に入ったばかりのところに、古くて小さな祠があるはずです」

「こんな戦の世ですから、どうなっているかはわかりません」

「ただ、近年の話を聞かぬでもないところをみると、倒れ朽ちてはいないでしょう」

「そこに酒を供えて祈れば、問いに対する答えがいただけると言うのです」

「酒ですか?」

「はい。ふもとの村で、今も作っていればいいのですが、またたび酒を」


 またたびと聞いた途端、ジロウの片眉が上がった。


「失礼ながら、お二人はまたたびをご存知ですか?」

「もちろんです」

「神経痛の薬として使われますし、そう珍しいものでもないでしょう」


 ジロウは黙って頷いた。考えるように額に手を当てると、僧たちも口をつぐむ。


[タロウ、おるか?]

『もっちろん、聞いてたよぅ!』


 弾むような声が即座に返ってきた。


『いいねぇ、またたび酒! タロウもなめるー!』

[あかんわいや! けどまあ、そう来るんは予想通りや。ひょっとして、祀られとぉ神さんて…猫?]

『わあ、そうなの? タロウ、見てくる!』


 ぴゅっと一陣の風が吹いた。

 思わず見えないタロウに向かって手を伸ばしてしまってから、ジロウは我に返って赤面した。幸い、僧たちは見ないふりをしてくれた。


「ジロウ殿。どうしましょう、ふもとの村に向かいますか?」

「村には寺がありません。少し早いですが、この近くの寺に今宵の宿を頼むのがいいと思います」

「そうですね。そのようにお願いします」


 ジロウはほっとして、提案を受け入れた。

 到着した寺で、僧たちは祈りの場に入れてもらうと言い、父子は誰もいない裏庭に出た。

 メドウは道中の大半と同じように、おもち相手にゲームの話をしたり、走り回ったりしている。


「おい、メドウ」


 ジロウが呼び掛けると振り返りはしたが、おもちが足下を駆け抜けたらしく、すぐにきゃあっと笑って遊び始めてしまった。


[おーい、おもち。ちょっと遊ぶん休んでもらえへんか?]


 おもちに話をしようとしても、返事が無い。


[そこにおるん、おもちやないんかい? どこの猫さんや?]

『どうしたのー、ジロウ?』

[あれ、タロウか? もう戻ったんか]

『タロウ、風使いだよー。早ーいの!』


 ジロウが立っているところを中心にして、風がぐるりと回った。


『お酒無かった! 残念!』

[いや、どっちにせぇ飲めへんやろに。ちゅうか、祠はあったんやな?]

『あったよう。でも、お留守!』

[留守?]


 ジロウの片眉が上がった。


[祠の中は空なんか?]

『うん。ちょこっと探してみたけどね』

[またたび酒を供えたら来るっちゅうことか…? 試すしかないな。それはそうと、タロウ]

『はーい』

[ここんとこ、メドウがおかしい思わんか? 話しかけてもぼーっとしとぉし、元気出した思たら、おもちとゲームの話ばっかりや。なんでや思う?]

『知らないよお! 旅に飽きたんでしょ』

[はあ? いやまあ、もう一月ひとつきんなるけど、飽きるって、なあ。猫のためいうて、それなりに張り切っとったがな]

『なんでタロウに言うのさ! 知ーらない』


 面倒臭そうな声を残して、風が吹き過ぎた。


「ああ、もう。しゃあないやっちゃな」


 声に出して呟いたジロウは、近くの植え込みの陰でちらちらと揺れる光に気がついた。


「あれ、みいちゃん。いつの間に」

『みいちゃんとは何ぞ?』


 明らかにみいちゃんとは違う声がしたかと思うと、ジロウの懐から光が流れるようにすべり出た。


「おわっ?!」[みいちゃん、おったんかい! ほんなら、そこのんは?]

『おお、これはこれは、テンがおられたか。この先に出入ではいりしております、クウであります』

『うん。そなたがオカイコサンか。長年のお勤め、ご苦労だな』


 会話を聞いたジロウは、恐る恐る植え込みの向こうを覗き込んだ。


『ジロウ、どうした?』

「あっ」[いや、その、みいちゃん。そこに新入りさんがおってや思うて。ん?]


 ジロウはみいちゃんを忘れて、目を凝らした。そこには蛍のように、ぼうっと明滅する小さな光が二、三浮かんでおり、光の元は何も見えない。


[クウて聞こえたけど、猫やのうて蛍さん?]

『蛍の世話なんぞせんわい。われが守るのは蚕だ。だからこそ、猫の身でありながら祠に祀ってもらったのだ』

[ありゃ、祠の神さんになっとってですか? こりゃ、偉い猫さんで!]

『いや、テンを前にして偉いも何もない。われはまだクウだからな』


 慌てて頭を下げるジロウに、オカイコサンと呼ばれた猫は、謙遜しつつも満足そうな声を返した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る