目指す場所
魔石を懐に収めたジロウは、二匹いた猫を封印し終えたことを告げ、詳しい話を聞くためにメイヤの家に向かった。
一人で住んでいるという老婆の家は、元は大勢と暮らしていたのであろう大きな家だった。しかし、いかんせん古びていて屋根に草も生えていた。そう遠くないところにもう二軒ある家も、似たような有様だ。そこに着くまでには、倒れた家の土台だけが草からのぞいている場所もあった。
「もう何年になりますかね。うちの倉に猫が入り込んだのは」
メイヤは、静かな笑顔のまま語り始めた。
「この先には大きな湖がありましてね。この辺りでは干し魚を作っていたんです。それを狙う猫が、人も襲ってくるようになって。何人もがやられました。それで、出て行く家が続きまして」
「メイヤさんは…?」
「頼って行く先もありませんから。子どもたちはとっくに町に出てましたし、夫には若いうちに先立たれていますし。それになぜでしょう、うちには猫が来たことがないんです。倉を借りているからと、遠慮してたんでしょうかねえ」
メイヤは小さく笑った。
「お隣さんが、ある日猫を閉じ込めましてね。それからいっぺんも開けたことがなかったんですよ。火をかけてしまえって言われましたけど、それもまた、恐ろしいことです。やいやい言ってた人たちが去ってしまったんで、そのままにしてました」
「ご近所に残った家も、襲われていないということですか?」
「あら、何をおっしゃいますやら。どっちも空き家ですよ。ここいらには、わたし一人きりです」
いつの間にか眠ってしまったメドウを除く大人三人は、驚きの声を上げた。
「まあまあ、何を驚くことがありますか。そこの畑で芋やら野菜やら作ってますし、井戸もあります。一人でも困りゃしません。それに、お坊さまみたいな方とか、旅の道士さまが、たまーに寄られますからねえ。神さまのおかげなんでしょうね」
「そう言えば」
またしても手を合わせて拝むメイヤに向けて、困ったような顔つきの棍棒が話しかけた。
「夢のお告げとおっしゃいましたね」
「ああ、そうです。ちょっとね、いつものように昼寝をしてたんですよ。そうしたら神さまのお声がして。うちの倉の猫を封じてくださる方々がいらっしゃるって」
「神さまのお姿も見たんですか?」
「いいえ。お声だけでしたねえ。神さまはあったかい光みたいでしょうに」
『タロウだよ! タロウが教えたの!』
僧たちと一緒に真面目な顔で座っていたジロウは、はしゃぐタロウの声に小さく頷いた。
『それとねえ。この小屋にはつよーい猫よけのお札が貼ってあるからね、おばあちゃんは襲われないって!』
[小屋ってなあ、お前]
『テンのお弟子が貼ったんだってさ。ずーっと、ずーっと昔。おばあちゃんがお嫁に来る前だって。お知らせおしまい!』
「誰に示されるのでもないですが、僧や道士が自然とたどる道があるそうです。この家は、きっとそういう道筋にあるのでしょう」
盾が言うと、棍棒もメイヤも自然と手を合わせ、互いに拝むように頭を下げ合った。タロウの言葉を聞いていたジロウだけが、半ば上の空だった。
それからさほど時を置かず、一行はメイヤの家を辞した。
ジロウは道々、魔石持ちの猫がつがいであったらしいこと、子が増えているかもしれないことを伝えた。
「では、タイライから南下したのと湖の辺りから北上したの、双方が戦さ場で合流しているのでしょうか」
「いや、棍棒よ。このまま戦さ場に向かう道筋には、町が少ないぞ。険しい山に入るだろう? 魔猫は人の多い方へ行くのではないかな。ジロウ殿は、どう思われますか?」
「申し訳ない。地形がわかりませんので」
盾に問われたジロウは、頭を下げた。
「近くに大きな町はありますか?」
「ここから先、大きいといえるほどの町はありません。昔は栄えた町もありますが…」
「では、戦さ場とタイライの王宮の位置関係は?」
「戦さ場を目指さず、もっと西に向かえば首都です。ただ、元々行き来しやすい道筋で戦が起こっているので、西は山中の悪路ですよ」
「王宮に乗り込みたくなったんですか?」
「乗り込みたいって、そんな」
僧たちに真剣に見つめられ、ジロウは頭に手をやった。
「魔石持ちの猫を一匹一匹封じても、きりがないと感じているのは本当です。戦に身を投じるのも恐ろしい。だからといって、王宮に首謀者がいるという証拠も無いのですが」
僧たちは、語るジロウをじっと見ていたが、それぞれがほぼ同時に思いついたことがあるらしい。
「でしたら、我らもお告げを聞きに行きましょう」
「おう。今、それを言おうとしていたんだ」
「お告げ?」
ジロウは不思議そうに目を見開いた。
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