お散歩

 朝食の席で、メドウは珍しくあくびを連発していた。


「やはり昨日の宴で疲れたのだろう。妾もゆっくり休みたいところだが、御礼の手紙を書かねば…ならんな」


 リヤンも物憂げにフルーツジュースを飲んでいる。


「ちちうえは?」

「うん。いやに早くから庭に出ておられる」

「えー、どうしのとこ?」

「いいや。気持ちを落ち着けるために、木の手入れをしたいのだそうだ」

「そっかあ。あとで、いってもいい?」

「邪魔にならぬよう、怪我をせぬように、お側に近付きすぎるでないぞ」


「本当に、会話が成り立っているようですわね」


 要求はほとんど正しく聞き取れているはずのフェイだが、何をどのように聞いているのか、母子の語らいを偶然の産物のように評した。


「父上のところに行きたいようだ。枝で目など刺さぬように、よく見てやっておくれ」

「かしこまりました。お嬢さまは、もう召し上がらないのですか?」

「今朝は喉ばかり乾く。昼も軽いものにして欲しいのだが、まあ、無理だろうな」


 早々に席を立とうとするリヤンに、メドウは「あー」だの「うー」だの言って引きとめようとした。


「何だ、どうした?」

「うーん、いうことがあった…ような…?」

「思い出したら聞こう。それではな。良い子にしているのだぞ」


 リヤンの後ろ姿に手を伸ばしているのを見て、フェイは全て心得ているという顔で笑った。


「あらあら坊っちゃま。大勢のお客さまでお疲れになったせいで、甘えん坊になってしまいましたのね。母上さまはお忙しいのですから、あとで父上さまのところへ行きましょうね」


 メドウはしきりに首を傾げていたが、庭に出るのが嫌なわけではない。食休みだの、身なりを整えるだのと散々焦らされた挙句に庭に出たときは、晴れ晴れした表情になっていた。


 ジロウは、建物から遠く離れた場所で一人作業に勤しんでいるという。


「まあ、あんなところで? 坊っちゃまが歩かれるには、ちょっと遠いわね。かと言って抱っこもねえ」


 使用人の一人から説明を受けたフェイは困り顔だ。


「ここいらを片付けてしまったら、俺がお連れしますよ。もうちょっとばかり待っていただければ」

「そう? じゃあ、そういうことですよ、坊っちゃま。しばらくここで遊びましょうか」


 大きな青色の蝶に気を取られたメドウは「分かったわあった」と叫んで草むらに突入した。

 南国らしい庭は、色とりどりの花や果樹を眺め、せせらぎのほとりや木陰で休むことができるように手入れはされているが、どのみち元気な草がきりなく生えてくるので厳密に整えられているわけではない。草むしりと言えば毒草を抜くためのものだ。

 それと、歩けるようになったメドウのために、手足を切るような鋭い葉を持った草を刈るようにはなった。その分安心しているのか、フェイは少し距離を置いてメドウを好きに遊ばせてくれるのだ。

 

 蝶に逃げられて座り込んだメドウが草をむしりだしたのを見て、フェイはさらに離れた木陰に移動した。

 それもそのはずで、メドウはどれだけ大変な仕事をしているかという面持ちで、むしった草を投げ出した自分の足に積み上げている。これが始まると長いと理解しているフェイなのだ。

 両足がすっかり草で覆われた頃、その一部だけが風で吹き飛ばされたように押しやられた。


「タロウ! きてたの」


 目を輝かせて小声で言ったメドウは、座ったまま周囲を見回した。

 眩しい日差しの下、風に揺れる草にちらちらと金を振りかけたような光が踊るのを見た気がした。


『われである』

「わっ、びっくりした! みいちゃん?! なんで?! ちちうえによばれた?」


 陽の光と見間違えたほどに、明るい庭で見るみいちゃんは周囲に溶け込んでいた。

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