後ろ盾

 母に抱かれたメドウが大広間に戻ってみると、窓の外に道士の姿は見えず、マイナムを間に挟んで座り込んだ王とジロウが何やら熱心に話し込んでいた。

他の人びとは、戦に勝ったも同然の盛り上がりを見せていた。

 リヤンは年かさのご婦人たちに呼び止められて、ジロウという伴侶を得たことを羨ましがられる。

 彼女らにほっぺたを突っつかれたり、手を握られたりして閉口しつつ、メドウは赤子らしくほにゃほにゃ笑って見せた。


「生まれた途端に死にかけて」


 ふと、メドウの耳にそんな言葉が飛び込んできた。リヤンが〈でぶ髭〉と吐き捨てたあの男が、酒を煽りながら唾を飛ばして笑っている。


「余所に預けられていた息子が勇者になるわ。タイライのはぐれ者がまぐれで召喚に成功して、その猫遣いが婿になって、戦況を有利に導くわ。本家も運に恵まれたものだな! いやあ、めでたいではないか!」


[死にかけてよそに預けられてた息子? それって母上の兄ちゃんのこと?]


 メドウは続きを聞こうとしたが、戦に勝って後のことに話題は流れてしまった。


[もしかして! 命と引き換えに悪魔と契約したとか! それで呪いがかかって俺に打ち明けられないとか!]

[アホぉ!]


 思念ではあったが、がんっと突っ込まれてメドウは頭に手をやった。


「あらあ、なんて可愛いんでしょう!」

「坊っちゃまは、本当にお父さまに似ているわね」


 ご婦人たちがきゃっきゃと盛り上がる中、メドウは父の姿を目でとらえた。


[俺、父上に似ている? 本当に?]

[なんや嫌そうに聞こえんで。そう言やあ、この屋敷に鏡は無いな。この世界に無いっちゅうことかい?]

[なんの話だ。こちらに集中しろ]


 ジロウはマイナムに袖を引かれて、王の方に顔を向け直した。しかし何度か頷くと、すたすたとメドウの方に向かってきた。


「あら、旦那さまがいらっしゃるわよ」

「本当に涼やかなお方よね。羨ましいわ」


 肘でつつき合ってきゃあきゃあ笑っているご婦人たちに対し、ジロウはさっと頭を下げた。


「王さまが、我が息子を連れてこいとおっしゃるので。可愛がってくださっているところ、申し訳ないのですが」

「あらまあ。よろしいんですよ」

「王さまのお召しですもの。坊っちゃま、またね」


[可愛がるの意味が違って聞こえまっせ、父上]

[適当な言葉遣うな。気色悪いわ]


 何やらむっとしている父に抱かれて、メドウはまた王の前に連れて行かれた。


「おお、来たか来たか」


 王は相好を崩し、彼を膝に抱きとった。


「誠に父親似で羨ましいなあ。父親なんぞ、似たところがないと安心できぬでな」

[えーっ、王さまのくせに、浮気される心配でもしてるのぉ?]

[聞かれとらん思うて無茶言うなや。失礼やぞ]


 ジロウはなぜだか顔を赤くして、たしなめた。


「この可愛い子に誓おう。【タロウ】の話を広め、ジロウ殿の光の技と合わせれば、いずれ猫が恐ろしいものではなくなると知らしめよう。そのときが来るまでは、マイナム殿、しっかりと頼みますぞ」

「まだ頼りない身ではありますが、精一杯努めます」

「ジロウ殿もな」

「はい」


 王とジロウ、マイナムはそれぞれ握手を交わした。


「メドウも、皆に【タロウ】を教えてくれよ」

「あーい」

「おお、話しがわかっているようではないか。さすがだな」


 王はメドウに頬ずりをした。


[うへえ。べたべたするぅ]

[文句言いなや。お前が気に入られたんを、皆んなにようよう解らせんと]

[そうだぞ、メドウ。更には瓜二つなジロウの好評価にもつながるし]

[待って待って、やっぱりそんなに似てるのぉ?]

[なんで泣きが入っとんねん]


 王とメドウの触れ合いを、そしてジロウがメドウの尻をちょんとつつくのを、人びとはまた、好もしそうに見ていた。

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