思惑

 窓の外、灯りの十分届かないところから顔を出した道士は、長くもつれた白髪ばかりが目立って立ち枯れた木のようだ。

 客のうち、庵に行かなかった人びと、中でも女性たちは怖ろしげに顔を背けた。

 しかし、ゆっくりと立ち上がった王は窓に近づいて行った。王宮から付き従ってきた数名がその後ろに続いたが、明らかに嫌そうな顔をしている。


「宴の前に聞いておかなかったことを、今聞いても良いですかな?」


 王の優しげな声音に、メドウはこてんと首を傾げた。


[ねえ、道士は王さまに挨拶してたんだね?]

[当たり前だ。静かにしておれ]


 マイナムにうるさそうな顔をされ、メドウはちょいと唇をとがらせた。


戦さ場いくさばにおいて、兵士ではなく猫に襲われて命を落とす者が増えていると、それが噂話ではなく真実であると言われましたな。その猫を止めることこそ肝要であると。そのために、この世で見つけられない猫遣いを、異界より招かれたと。我はその話を聞いて、敵方の猫を懐柔するのだと思ったのですが」


 頷きながら王の言葉を聞いていた道士は、うおっほんと大きな咳払いをした。


「戦さ場の猫は、あー、敵のみを喰らうのではなぁい。タイライの兵士をも喰らうのですぞ。聞いておられぬか?」


 聞いたぞ聞いたぞという囁きと押し殺した悲鳴が、波のように広がる。メドウもまた、小さく叫んだ。


「ただ、まあ、タイライの兵士は下っ端ばかりが喰われるらしい。上の連中は、何らかの猫避けができているのでしょうて」

「なるほど。では、我が思い込んでいたように、猫をしてタイライの兵士のみを襲わせるというようなことは、考えておられぬのか」

「考えましたとも。しかし、ジロウ殿の策は違うようですわい」


 道士と共に、聞いていた皆の視線がジロウに集まった。


「ジロウ殿。そなた、猫を浄化すると言うたな。先ほどの光をもって。ご子息の【タロウ】もやはり、浄化の技に関わるものか?」

「さようで」


 道士の震え声に、ジロウはやむなく頷いた。


「浄化するとどうなる?」

「人を襲わなく」「なるのかっ?!」


 ジロウのいささか自信なさげな声に被せて、よく太った髭親父が叫んだ。


「伯父上…」


 リヤンの口から呆れたような呟きが漏れたので、メドウは彼を〈迷惑な親戚その一〉と認定した。


「おお、リヤン! よくぞこの男を婿にした! 早く、早く戦さ場に行かせて、猫を無害化させろ! さすれば小さな獣だ、たやすく殺せよう!」

「はいい?!」


 思わず疑問形の叫びを上げたメドウをとっさに抱えて、リヤンは「小水か? 小水なのだな? 失礼いたします!」と立て続けに怒鳴りつけ、慌てるフェイを振り切って大広間を飛び出した。


「ははうえぇ。しっこ、ちがうぅ」

「解っておるわ、この馬鹿者」


 リヤンは息を荒くして、ぎりぎりと歯噛みした。


「旦那さまは、戦さ場に行かされるのか? アナンのみならず、旦那さままでが」

「アナンってだれー?」

「あやつ、千載一遇とばかりにしゃしゃり出よってぇ」

「いや、あの、ははうえ?」

許すまじ」


 隣室の隅のおまるにメドウを押し付け、リヤンは「さっさとせよ」と言い放った。


「うわ、なんでさあ」


 メドウはぶつぶつ文句を呟きながらも、おまるに向かった。


[八つ当たりでっかー。あ、やべ。マルトイ弁がうつっちまった。せやなーっと]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る