お約束

 みいちゃんとジロウの声の重なりに愕然としたメドウは、ふいに右手を掴まれてもされるがままだった。その手を、まるでみいちゃんに触れろというように動かされ、やっとマイナムに掴まれていると知った。


「なに?」

[撫でてみよ。タロウを撫でるように]

「なんで?」

[いいから]


 マイナムの頬が、苛立ちを表してぴくぴくしている。ひくっと息を飲んで、メドウはみいちゃんを撫でようと試みた。


「あれ?」[触れる? 気のせいかよ?]

『ふんっ。われの力が戻りつつあるのだ』

[あっ、みいちゃん! そうなの?]


 居丈高なみいちゃんだが、メドウは素直に喜んだ。


[夢の中で撫でてるみたいだけどさあ、何かこう、痒いところに手が届かないっていうか、めっちゃ手が痺れてるときみたいだけど]

『文句を言うな。風のようなタロウより、うんと触った実感があるだろうが』

[そりゃそうだよ! あー、おもち撫でたい。やっ! 俺また忘れてた! 俺は何て人でなしなんだ…]


 がっくりするメドウに、みいちゃんはごろんと仰向けになってみせた。


『腹を撫でることを許す。何なら肉球に触れても良いぞ』

「わぁい」


 メドウは無邪気に喜んで、みいちゃんを撫でまくった。


『あちらの情報網で、おもちとやらの消息を調べてやろうか? そなたの住んでいたところはどこだ?』

[あ、ナサナエルだよ]

『うん?』

[ナサナエルのドンナね。おもちは完全室内飼いだけど、NNNは大丈夫かなあ]

『そなた…そうか…』


 みいちゃんはメドウの手の下で体をひねり、元通り座り直した。


『わかった。あちらの連中に伝えておこう』


 その言葉を最後に、みいちゃんは余韻も何も無くふっと消えた。


「あーん」


 いかにも残念そうに身悶えしたメドウは、ジロウにがばりと抱きつかれて目が覚めたような顔をした。被さっているジロウではなく、やたら力のこもったマイナムの顔が鼻がつくほどそばにあった。


[師匠に触れることができたのか?]

[う、うん。ちょっと、そんなにぐいぐいこないでよ]

[しかも、師匠を使い走りのように]

[えっ、そこ? 違うでしょう、俺から頼んだんじゃないじゃん]


 メドウは猫のように体をひねって、ジロウに抱きつき返した。


[父上ぇ]

[…おまえ、日本から来たんちゃうかったんかい]

[え、何?]

[話、通じとったがな。同じおんなし世界ちゃうかったんかい]

[いきなり何だよ?]

[同じ世界の同じ時代や思たやん]

[その話は後にして、この場を何とかしろ]


 マイナムはメドウをジロウから引き剥がし、額をぐりぐりと押し付けてきた。

 父子が顔を上げると、夢から覚めたばかりのような顔をした人びとが二人とマイナムを見つめている。


「ひゃあん」


 情けない声を上げたメドウの尻を、マイナムが軽く叩いた。


「あの、マイナムさま。何もお手を上げなくても」


 リヤンが、奥歯が痛むのを我慢しているような顔つきで言った。


「なに、気合を入れたまでだ」

「いえ、あの、赤子に気合はまだ早いのではないかと、いえ、申し訳ございません」


 やたらと首を振りながらではあったが、さすがのリヤンも引き下がった。

 そのやり取りの間、口をぱくぱくと開け閉めしていたジロウは、マイナムの視線が自分に向けられるやいなや、猫じゃらしを懐にしまった。


「さてさて、ジロウ殿。先ほどの言葉について、説明してもらいましょう」

[いや、マイナムさま! あれはみいちゃんの声、解っとってでしょう!]

[そこを、そなたのために言いつくろったのではないか。それとも何か? 師匠のことから説明すると?]

[いやいやいやいや]


 だらだらと汗をかくジロウを見て、王がマイナムに顔を向け直した。


「マイナム殿。我には及びもつかぬことではありますが、術などについては、軽々しく口にできないのではありませんか?」

「王よ、我はジロウが使った術について聞こうとしてはおりません。そう。今の光をなんとご覧になられましたか?」

「光、ですな。それをメドウは形あるもののように触っていた。それは、形があるかのようにまとまっている風、そう、先ほどの【タロウ】が目に見えるものになったかのような。お? おお?! もしやそうなのか?!」


 話しながら自らの言葉に興奮した王は、目を輝かせてジロウを見た。


「もしや、父が息子の技を見えるようにしたのでは? そう、我らに見せるために?」

「ああ…はあ…、そうでございます」


 一度ぎゅっと目を閉じてから、ジロウはやむなく肯定した。


「では、言葉の意味するところは? 確か、浄化の光とか」


「猫を浄化する光。そう申されましたぞ」


 いきなり、大広間の窓の外から声がかかった。

 出せる限りの大声を放ったせいか、そのままげほげほとむせている。


[あー、道士だ。どうしてこっちに入ってこないんだろ?]

[【庭の隠者】は屋敷に入ってはならんのだ]


 当たり前の顔で教えてくれたマイナムに向け、メドウは小首を傾げた。


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