王の驚き
招待客のほとんどが床に座っている大広間で、立っている十数人が一斉に動きを止めると目立つ。彼らはすぐに直前の動作に戻ったが、その相手である客たちは怪訝そうな面持ちである。そのために、人びとは気付くのに遅れた。
「おおっ、何だ?! 風が巻いている…?」
左の太腿を中心にメドウを座らせていた王は、彼をかばうように自らの右半身から遠ざけようとした。しかし、肝心のメドウはそちらへと手を伸ばそうとしている。
「あっ」
どうしたものかと手をこまねいていたリヤンは、王の胸元に目をやった途端、短く叫んで手で口元を覆った。
「これ、メドウ、何とかせよ」
珍しく血の気の引いた母の視線をたどって、メドウは王の首飾りが不規則に激しく揺れていることに気付いた。
「わあ、タロウだめっ」
赤子的渾身の力を込めて、メドウは王の手を振り切った。そのまま右膝に覆いかぶさるように丸まったので、王は仰天した。
「おっ、おい、大丈夫か?!」
「ちゃうう、らいじょぶ…」
「大丈夫と申しております」
よっこいしょと半身を起こしたメドウの視線と、膝をついて覗き込んだリヤンの視線が真っ直ぐぶつかった。
「タロウなのか?」
「うん」
押し殺したささやきに応えて、メドウは押さえるように形作っていた両手を動かし始めた。
「【タロウ】でございます」「どうぞ、あの動きを」「【タロウ】を」「ご一緒に」
大広間中に、召使たちが来客に勧めるささやき声が広がった。
「タロウとは?」「何だ、どうしたのだ?」「あれは何だ?」
疑り深い数人は頑として真似をしなかったが、首をひねりながらも応じる人びとはいた。
「あら、あら?」「何だ、温かいぞ」「心地良い…」
しばらくして辺りを見回した王は、またもや仰天した。他人の言に従うのを是としない連中を除き、大半が座り込んでうっとりしているのだから。
メドウが乗っかっているせいで手を動かさなかった王は、すがるようにリヤンを見た。
「これは何としたことだ? 教えてくれ」
「メーナンさま、いえ、失礼いたしました、王さま」
さすがに動揺したのか、リヤンは顔を赤らめた。
「これは、息子メドウの手技にございます」
「手技と?」
「はい。その際発する声が周りの者にそう聞こえまして、【タロウ】と名付けられております」
「ほう、【タロウ】か」
そばに控えているフェイが、やたら小刻みに頷いた。
しかし、王はふっと何かに気付いて顎に手をやった。
「手技か。皆は手の動きを真似していたが、それで心地の良い何かを感じたと。だが…。何もしなかった我は…。そういえば、膝が何やら温かいような? いや、メドウがそれを始める前に…」
[わ、どうしよう?!俺が撫でる前に、タロウが首飾りにじゃれたんだった! って言うか、タロウが何かを動かせたってことかよ!]
[直接動かしたわけではないと思うぞ]
[わわっ、王さま、じゃなくてお坊さんだったかあ!]
[落ち着け]
マイナムは、王の側へ膝行した。
「まだ前世の知恵には及びませんが、口を出すことをお許しください」
「おお、マイナム殿。もちろんお話ください」
「【タロウ】とは、隠者や道士が会得する技に近いものかと思います。これは異界の血を引く子。生まれながらに力が開花しておるのかもしれましん」
「なるほど。では父であるジロウ殿にも、そのような力があるのでしょうか?」
「はい」
[いや、ちょっと待ったあ!]
庭に出ていた人びとと共に大広間に戻って来たジロウが、念を飛ばしてきた。
メドウは彼らの後ろに道士の姿を探したが、いないようだ。
「ジロウ殿、丁度良いところへ」
[ほらほらほら、どないしまんねん!]
王に声をかけられて、ジロウはだらだらと冷や汗を流した。
[
[いやいやいや、そんなんできませんやん! みいちゃん出たら大騒ぎになりますわ!]
[つか、なんで今、猫じゃらし持ってんの?]
[いつでも持っとるわい。いや、お前は口を出すな]
[師匠は魔石持ちにしか反応しないのではなかったか? いや、我らの前に出てきたか。ここは一つ、師匠の判断に委ねてみてはいかがか]
[いやいやいや、騒ぎが起こったら、後は何とかせよ言うて、しゅーっと消えはりますがな]
[あはっ、それはそうだね]
[お前は
三人が無言で騒いでいる間に、目の動きでそれと察したリヤンは王の気を逸らそうと頑張っていた。
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