お目覚め
フェイに抱き上げられたメドウを見て、広間の端にいたリヤンが急いでやって来た。
「起きたか。粗相はしていないな?」
「いきなりないよぉ」
メドウがぷうと膨れると、リヤンは笑ってその頭を撫でた。
その場に集った人びとは、メドウが眠っているうちに顔を見ていたらしい。見た目に言及する声は無さそうだ。
「何か食べるか? 飲むか?」
「たべる。おにく」
「ほう。フェイ」
「はい、お肉が欲しいのですね。お持ちします」
フェイは近くにいた召使を厨房にやり、他の若者にメドウが眠っていた籠を下げて座を整えるよう指示を出し、ようやく座らせてくれた。
「やあ、こんばんは」
初めて声をかけるかのような顔をして、隣のマイナムがにっこりすると、注視していた人びとから嬉しげなさざめきが伝わってきた。
[うわー、微笑ましいの演出ですかぁ? 俺はどうすれば?]
[頭を下げて挨拶してみよ]
[こう?]
メドウが両手を前にしてぴょこんと頭を下げると、歓声が沸き起こった
[これって、あざとくないかな?!]
[あざとくて何が悪い。腹に一物抱えた連中も、可愛い赤子には油断するものだ]
[そっか。普通は可愛い猫にも油断するんだけどね]
[普通とは何だ、普通とは。ああ、それだがな。このところ考えていたのだが、あちらの世とこちらの世では、猫も似て非なるものではないのか?]
[え?]
[例えて言うならば、虎と猫は似て非なるものだろう?]
「あー」
指を振って話すマイナムにつられて、ひょいひょい動くそれを掴もうとしていたメドウがうっかり声を出すと、宴席の人びとから温かな笑いが起きた。
[あ、マヌル? マヌル猫とか?]
[ん、何だ? 著名な人喰い猫か?]
[いや、種類。人が飼う家猫と違って、凶暴なヤマネコってのがいるんだ。…ん? …凶暴、ヤマネコ…?]
「さあさ、坊っちゃま、ご飯ですよ」
二人が会話をしていることなど知らぬフェイが、運ばれて来た盆を前に置かせて促した。
大きな銀の盆の上には、可愛らしい柄の揃いの陶器がちまちまと載せられており、ままごとの道具のようである。其々ほんのぽっちりずつ、違う料理が盛り付けられている。
目を見開いたメドウは、まずは汁物の入った足つきの食器を手にした。
「うっわー」[
「まあ、坊っちゃま。良い品であることがわかるのですね。それは王さまがお祝いに贈ってくださったものなのですよ」
ほんの一口で汁を飲み終わり、手の中の食器をしげしげと眺めているメドウにフェイは興奮の面持ちで話しかけた。
「ほほう。この赤子は、物の良し悪しがすでにわかるようですよ」
メドウに向けてはにやにやしていたマイナムが、反対側を振り返って澄まし顔で言った。
「おお、我の贈った品を気に入ってくれたようだ。それは良かった」
[え、え? 我の贈ったって、え、この人が王さま?]
メドウは目を丸くしてその人を見た。
その人は、そうと言われなければ気付かないほど存在感が薄く、青年と中年の間くらいの年齢と思われた。中肉中背でこれといって特徴のない顔立ち、何を言われてもうんうんと頷きそうな佇まいというか。
[地味だなあ。威厳も何も無いじゃん]
[当たり前だ。威厳があって王が務まるか]
[はあ?]
[領主を次代に引き継いで差し障りの無い家から、話し合いで選ばれるのだ。差し障りの無いというより、むしろ積極的に代替わりさせたい家からと言うべきか。王など、ただの飾りにすぎんからな]
[わあ、つまんねえ]
[ただし、そなたらには意味のない男ではないと思うぞ?]
[俺ら? どういうこと?]
[じわりじわりと事を進めるには、役に立つ男だからだ]
メドウは「へえー?」と声を出しながら、王の方へと身を乗り出した。
「おお、こちらに来るか?どれ」
王は嬉しげに腰を浮かせ、フェイを仲介にしてメドウを抱き上げた。
「可愛いお子だ。父上に
「げえ」
メドウの変な声は気に留めず、王は彼を胡座をかいた膝に座らせた。
「我が子らがこのくらいだった頃を思い出すなあ。赤子とは良いものだ」
抱かれたメドウは、王が首に掛けている飾りが気になって手を伸ばした。金と小さな貝を連ねた三重の長い首飾りである。一つ一つ色の違う巻貝が珍しかった。
「これ、気安く触るな」
リヤンが慌てて手を差し伸べたが、王は笑ってそれを止めた。それどころか、自ら首飾りに触れてしゃらしゃらと鳴らしてみせる。
そのとき。
「ふぁっ、タロウ?!」
素っ頓狂なメドウの声に、大広間中の召使いがぴたりと動きを止めた。
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