祝いの席
母であるリヤンの家族関係について明らかな情報を得ることもできないまま、メドウは誕生祝いの宴の日を迎えた。
朝から両親は姿を見せず、ここ一月ほどそうだったようにフェイだけがべったり側にいた。
宴は夕方からだと聞かされたが、昼過ぎから客が到着し始めたのが気配で知れた。その頃にはフェイの他にも二、三人がメドウの部屋にも出入りし始め、ご大層な着替えをさせられることになった。
「坊っちゃまはお
何とか髪を整えようとしていた若い召使が、フェイに泣きついた。
「そうねえ。女のお子さまなら飾りで誤魔化せるけれども…。仕方がないわ」
「眉はどういたしましょう? 少し描き足したほうが良くはございませんか?」
「いえ、このお年でそれはやりすぎでしょう。仕方がないわ」
[俺ってば、仕方がないのかよ]
メドウはぶんむくれながら、新しい衣を着せられるに任せた。金色にも見えるほど光沢のある黄色の絹の長衣だ。
[古代中国の皇帝がこんなの着てなかったっけ? ただまあ問題は、中がすーすーしてるってとこだよな。今に始まったことじゃないけど]
そう、一重の衣は下半身がすっぽんぽんなのである。めくれば直ぐに用を足せる仕様なのである。
それといくつかの装飾品を身につけたメドウは、籐で編まれた高さのある籠状のものに座らされた。
「眠たくなったら寝られますからね。ほら、体を伸ばしても余裕がありますよ」
フェイはそう言ったが、要するに柵付きのベビーベッドのようなものだ。座りやすいようにと入れられたクッションが枕にちょうどよく、何気にもたれたメドウは眠りに落ちてしまった。
それが良かったのか悪かったのか、目を覚ますと宴はすでに始まっていた。
見慣れない天井とざわめき、いろいろな食べ物と酒の匂いでそれに気が付いたメドウは、籠の目から外を覗いてみた。
大広間に敷物とクッションを並べて床に座る形式なのは、準備の段階で知っていた。サーラム家と王家を中心とした席次もだいたい聞いている。それではと反対の面に取り付いてみると、マイナムの姿が認められた。
[お坊さん、聞こえる? 俺、メドウですよー]
マイナムは教育係兼お付きらしい初老の僧と共にいて、鶏の腿と見える骨付き肉にかぶりついているところだったが、顔をこちらに向けた。
[あ、そうだ。お坊さんだけど肉食べるんだったね]
[あちらの世では、僧は肉を食べんのか?]
[あれ、
[…なるほど]
マイナムは食べるのを止めて、手の中の肉をじっと見た。
[ねえ、それって何の肉? おいしい?]
[大層おいしいぞ。ケイチャの肉だと思うが。宴の料理が食べたいか?]
マイナムは見せつけるように肉を齧った。
[うーん、食べ物で腹を膨らせたいかっていうと違うけど、珍しい料理を味わう機会を無駄にしてるっていうもどかしさはあるかな]
[ほお、なるほど。だがまあ、体が育つまでの辛抱だ。この家にいれば、何でも思う存分味わえよう]
[あっ、それそれ。この家のこと。何だか煩い親戚とかいるみたいだけど、父上と俺のことは丸く収まったのかな?]
マイナムは骨を皿に戻し、指をしゃぶりながら小さく頷いた。
[表向きはな。この宴の招待状を出したときに、一通り悶着は起こっただろうし、各々の立ち位置を考える時間はたっぷりあったろうさ。ところでメドウ]
[はい?]
[師匠はあれからどうなさっている?]
[師匠? あー、みいちゃんか。俺は見てない。父上からは聞いてない]
マイナムは宴席を見回した。大きく開いた窓の外には、篝火に照らされて庭に立つ幾人かの姿も見える。庵は暗く影に沈んで見分けられない。
[ジロウが大きく動き出したという話も聞かんし、師匠はあれの中か…]
「あら坊っちゃま、お目覚めでしたのね!」
マイナムに何か言おうとしていたメドウは、フェイが来ていたことに全く気付かず、びくっとのけぞった。
「嫌ですわ、坊っちゃま。わたくしにそんなに驚かれて」
嫌だと言いながら上機嫌なフェイは、気まずく目を伏せたメドウをいきなり抱き上げた。その途端に起こったどよめきが自分に向けられているものだとは、彼はしばらく気付けなかった。
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