宣言
ジロウは、座り込んだ使用人たちの中央に進み出た。全員を見回してから、端に立ったままのリヤンをじっと見つめる。
「サーラム家で働く者たちは、これで全てか?」
「はい。お初にお目通りする者もおりましょう。19人です」
リヤンはジロウと同じように全員を見回し、ゆっくりと息を吸ってから話し始めた。
「旦那さまのこと、坊のこと、今までよそに一言も漏らさずにいてくれたことに感謝する」
礼を言うリヤンではなく使用人たちが頭を下げたことに、メドウはいささか衝撃を受けた顔をした。
「旦那さまが当家においでになってから、すでに3年もたった。しかし、屋敷で過ごされた日々はあまりにも短い。それもあって、そなたらに対してさえ、こうしてひと所に集めて話したことはなかった。すでにそれぞれ知っていることとは思うが、せっかくの機会だ。近日中には道士殿もいらっしゃることだし、改めて伝えておこう」
目を閉じたリヤンを、全員が身じろぎもせずに見つめている。
「タイライの出である道士殿だが、国の横暴を止めるべく、道を探られたのだという。
この話には、さすがに皆がざわついた。
「戦場にも猫が現れるとの話、皆も聞いたことがあるだろう。闇の脅威を封じるべく、道士殿は動かれた。その厳しい行の果てに、異界より我が旦那さまに降臨していただくことができたのだという」
[降臨て、それはあかんやろ]
表情は取り澄ましたままだが、ジロウは内心冷や汗をかいた。
メドウはぽかんと口を半開きにしたままで、思念はほぼ機能していない。
「降臨の場がこの屋敷であったのは偶然だったと、道士殿は言われた。されど、神のお導きであることは間違いない。神がサーラム家を見込んでくださったのだ。旦那さまは、タイライに攻め込まれている国、人を救うために動かれるお方だ」
「いや、リヤンよ。それはあまりに言い過ぎではないか」
「まあ、ご謙遜を」
口元を隠し、ほほほと笑うリヤンはジロウを流し目一つで黙らせた。
「サーラム家も属するチャランは、独立した領地の集まりにすぎないから、国としてはいささか弱い。王家もいわば象徴、寄せ集めである軍も系統だった動きを苦手にしていたと聞く。それを兄上がようやくまとめ上げられたとのこと。大変な働きをなさっている兄上のために、父上母上も力を尽くしておられる。しかし、親戚連中がその留守を狙っていることは公然の秘密であろう」
目を開けたリヤンは、ざわめく使用人たちにふっと口の端で笑って見せた。その表情のままにメドウと視線が交わったが、すっとそらせてしまう。
「親戚連中のみならず、近隣の領主たちにもそれぞれの思惑があろう。肩入れしたいと思う家があれば、このサーラム本家を潰すことを考えるかもしれぬ。神がいかなる道に妾をお導きになるのか解らぬうちは、旦那さまのことも坊のことも黙っておくのが得策と考えていたが、今や時は満ちた」
リヤンは皆の注目の中メドウに歩み寄り、抱き上げた。
「妾が異界より旦那さまをお迎えしたこと、このメドウを授かったことを公にする。メドウの一歳の祝いを名目に、チャランの全ての領主夫妻と王ご夫妻をお招きする」
使用人たちは、誰一人心配そうな顔は見せず、嬉しげな声をあげた。ジロウとメドウだけが、驚きのあまり固まっている。
「チャランの名士が一同に会するのだ。メドウの技を披露するにこれほどふさわしい場はあるまい」
「まってまって! みんなでタロウをなでようってこと?!」
ようやく考えが追いついたメドウが叫んだが、幸い使用人たちは【タロウ】しか聞き取れなかったらしい。そして、あの手の動きそのものが【タロウ】と呼ぶべき行為だという共通認識が、この瞬間静かに定まったのだった。
「坊っちゃまの【タロウ】は、お客人たちをさぞや満ち足りた気持ちにさせることでしょう」
フェイが言うと、使用人たちは一様にうっとりした表情になった。
「さあ、忙しくなるぞ。皆、よろしく頼む」
「「かしこまりました!!」」
リヤンの一言で、全員が生き生きと立ち上がった。
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