伝染か分裂か

 立ち上がったリヤンは何かを我慢しているような顔つきで、ジロウに頭を下げた。と同時に低いどよめきが起こった。


「旦那さま。妾は、息子の力に気付いておりませんでした」


 使用人たちは、主人あるじ夫妻を固唾を飲んで見守っている。


[あー、これって相当悔しいやつ]

[悔しい? 何がや?]

[母上、タロウのこと話せないから、俺が天才って話にしてるんだろ? さすが異界の血を引くーとか、言われるの悔しいんだよ]

[それは嫌やな…。ちゅうか、誰もお前を天才とは言うてないやろ]

[言ってるさ]


「かくなる上は異才の子が生まれたこと、広める覚悟を決めました」


[天才やのうて異才やて]

[何かちょっとがっかりだぜ]


 父子の思惑の外で、使用人たちは盛り上がった。例によって、ダットやフェイは涙ぐんでいる。


「今からだと一歳も半年過ぎての集まりになってしまいますが、それなりの客人を招こうと思います」

「あー、道士殿もか?」


 リヤンは、何をおっしゃいますやらという顔をした。


「道士殿は、庵の近くで難しげな顔をしていてくだされば良いのです」

「庵の?」

「我が家が、そのような方を援助していると伝わることこそ肝要。道士や隠者を敷地の内に住まわせるというのは、多少廃れ気味のことではありますが」

「道士殿の庵は、庭に建てるのか?!」

「そうですが」


 切り口上一歩手前で、リヤンは言い切った。


「良い茂みをいくらか潰さねばなりませんけれども。口うるさい方々もさすがに黙ってくださるでしょうから、やむを得ません」


[何やようわからんけど、道士を庭に住まわせるのはステータスっちゅうことかいや]

[ちゅうことなんだろうね]


 そのとき、外から複数の足音がばたばたと近づいてきた。

 先頭を切ってトックが、そしてその後ろに5人が厨房になだれ込んだ。


「外では無理でし、あっ、旦那さま」


 トックが深々と頭を下げたので、他の連中もそれに倣った。


「駄目だったのか」


 リヤンがトックに確かめる。


「はい。手の中に感じられるようなことは何も」

「うん? もしや外で試していたのか?」


 ジロウは【タロウ撫で】の手つきをやってみせた。


「そうなのでございます。乳母さまが気付かれまして。坊ちゃまのお力が建物の外にも及んでいるかどうか、確かめたほうがいいって」

「どうやら、同じ屋根の下にいれば分けていただけるようでございますね」


 フェイは心持ち胸を張って決めつけた。


「それならば、フェイが外で試したほうがよくはないか?」


 ジロウがそう言うと、「おお」と驚きと納得が広がった。

 こくこくと頷いたフェイは庭に出て行き、やがて興奮の面持ちで戻ってきた。


「お外では、どうやっても何も感じません」


[となると、どう見積もっても十四分裂]

[いや、めぇや。タロウが切り刻まれとるようでいたたまれんわ。あれやな。本物の誰かの最高の気分っちゅうのんが伝染しよるんや、うん]

[だってさあ。ちょっと下してよ]


 床に下してもらったメドウは、皆がしていたように【タロウ撫で】を始めた。

それを見た皆も、慌てたように動きを再開した。外に出ていたトックたちもだ。ただ一人、ジロウだけが腕を組んで立っていた。

 

 彼が見守る中、メドウは緊張からかタロウを探り当てられずにいるようで、しきりに首をひねっていた。すると、なぜだか皆も首をひねり出す。


[なんやそれ。タロウぉへんのかい]

[うーん。感じない。あっ、いや、来たかな? 来たかも?]


 メドウは目を閉じて、闇の中を探るような動きを見せた。皆のように丸く撫でるだけではなく、のどを指先で触ったり、しっぽをそっとしごくような動きも試みる。

 ジロウは一連の動きを手真似に過ぎないと見て、がっかりし始めていた。

 しかしある時点で、メドウの指先が電気に触れたようにぴくんと震えた。

 ジロウがはっと身構えると同時に、メドウが感極まった声をあげた。


「あーっ、タロウ!」


「「「タロウ!!!」」」


 間髪入れず、ほぼ全員がメドウの声を真似た。リヤンだけは不安げに体を震わせたのだが。


[なんやそれ]


 ジロウの頭の中で、先ほどと同じ言葉がこぼれ出た。

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