誰の能力?

「そなたら、何をしているのだ?」


 入室してきたジロウの声に、フェイが文字通り飛び上がった。


「旦那さま! 気がつきませんで! というか、聞いてくださいまし!」


 嬉々として話し始めたフェイに視線を向け、適当に相槌を打ちながらも、ジロウの意識はメドウに向けられた。


[フェイにタロウのこと話したんやないやろな?]

[話してないよう。たまたま、タロウ撫でてるとこ見られただけ]

[見られたっちゅうて、別に何も見えへんがな]

[いや、手の動き見られてんじゃん? そしたら、なんだかいきなり真似されたんだけど! 何か術でも使ってるみたいなこと言われちゃって!]

[ほしたら何かい。タロウがフェイに撫でられに行ったんかい]

[いや、それが違うの。タロウはどっちにもいたっぽいんだ]

[はっ、アホか。タロウがいきなり分裂でもしたんかいや]

[知らねえよ。じゃあさ、そこに座って手を動かしてみてよ]


「…でございますから、これは坊っちゃまのお力ではないでしょうか?」


 ちょうど、きらきらした目つきでフェイが身を乗り出したところだったので、ジロウは彼としては最大限の爽やかさで頷いた。


「よかろう。われも坊のそのような力、初耳だ。試してみようではないか」

「まあ、旦那さま。ご存知なかったのですね」


 心なしか小鼻を膨らませたフェイは、いそいそとメドウの寝台に腰掛けた。ジロウは椅子だ。そうして、三人して神妙な面持ちで…


「おお?!」[これ、タロウここにおるで!]

「あぶう」[いや、こっちにいるってば]

「まあ、やはり風が凝ってきましたわ」


 フェイだけが満足げで、あとの二人は互いに譲らない構えである。


[タロウは俺の猫やど! 間違うはずあれへん!]

[そんなこと言ったって、ここにいるもんはいるんだって!]

[なんや、われ! タロウが分裂でもしたっちゅう、…は? 分裂?]


 ぎらつく視線を赤子に向けていたジロウは、自らの思念にはっとした。


[何やったかいな。分裂できたらええような話があったような]

[え? そうだっけ?]


 父子の手が止まっていることにしばらくたってから気づいて、フェイも手を止めた。


「いかがでしたか、旦那さま?」

「うむ。確かに温かく心地よい風を感じた」

「でございましょう?! なんと優しいものであることか。これは、坊っちゃまのお力でしょうか?」

「いや、坊が何かしたというわけではなく…ん?」


 ジロウは腕を組み、きゅっと寄せた細い眉の下からメドウを見た。


[おい、これやないんか?]

[え、何が?]

[みいちゃんの宿題やがな。まだほんの一部やろけど]


 ぽかんと口を開けたメドウは、忘れた頃に「ああー」と声を出した。


[タロウの優しさとか人に伝えろってやつ?俺らはタロウと思って撫でてるけど、フェイは違うよ?]

[せやけど、撫でとる実感はあるらしいがな]

[それが猫ってものだって、どうやって伝えるのさ?]

[そらあ、あれや。見計ろうて言うたらええがな]


 メドウは、さも呆れたように首を振ってみせた。


[途端に否定されるよ。だって猫だもの]

[猫だものーやないやろがい!]


「あの、旦那さま? いかがなさいました?」


 不審げに声をかけられて、父子はフェイの存在を思い出した。


「いやあ、これは何としたことか考えていたものでな」

「ばぶばぶう」

[ばぶばぶはあらへんやろ。どこの赤ん坊やねん]

[目の前の赤ん坊だろ!]

「旦那さまもご存じない坊ちゃまの能力が、開花したということでございましょ!」


 フェイは胸を張って断言した。


「これはもう、一歳のお祝いが楽しみですわ」

「ああ、祝いをすると言っていたが…。まさか、その席で披露せよというのか?」

「披露しないなど、あり得ませんでしょ。坊っちゃまは癒しの手をお持ちなのです、きっと」

「癒しの手?」


 父子が首を傾げると、フェイは優しく諭すように言った。


「奥さま、ああ、違いますよ、お嬢さまの母上、大奥さまのお力です。それを受け継いでいらっしゃるんですね」


 そうして口に出した途端、フェイはほろりと涙をこぼした。


「あら、わたくしとしたことが」

「どうしたのだ? 母上にも何かあったのか?」


 ジロウと共に、メドウも視線を鋭くした。

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