大変革時代

「あの、みいちゃんさま? 大変革とはどういうことでございましょうか?」


 様子を伺うようにして、ジロウがそろりと声にした。


『何だ。あまりに上手く事が運んでおるせいで、気づかなかったのか?』


 うっすらと目を開けたみいちゃんと息子の顔を交互に見て、ジロウは困惑を深めたようだ。

 その表情を確かめて、みいちゃんはゆったりと顔を洗い始めた。人間たちは、じりじりしながらも待つしかなかった。


『あちらの世の同族たちは、実に上手いことやっておるのだな。救い手として選ばれるほどの人間にも、気づかれておらんとは』


 独り言のように呟かれた言葉に、ジロウはもぞもぞと尻を動かした。


『我が同族と暮らしを共にしたいと願う者がおれば、何を言われずとも適したものを差し向ける。同じに住まう家族の中に、それを望まぬ者がおっても、真っ先に籠絡してしまう。どういうわけか、共に暮らすことのできぬ小屋に住まっておるのなら、引っ越すための金子きんすを算段してやる』


[うわあ。それって例のネットワークメドウのことじゃん!]

[おったわ! ペットメドウ禁止のマンションメドウに住んどった奴が、子猫拾うた途端、宝くじ当たったわ!]

[猫嫌いの父ちゃんが一番めろめろになるのって、もはや定番じゃん]


『ふむ。ちゃんと知っておるではないか。組織の名称もあるようだな』

「何と、なあ」


 父子のやり取りに、みいちゃんは満足げに喉を鳴らし、マイナムは感服の声を漏らした。

 聞かれた方は、居心地悪そうに頰を赤らめたのだったが。


『そのほかにも数々の技を駆使して、猫無しには日々の暮らしを乗り越えて行けぬという人間を、着々と増やしておる』

「そうなのですか…」

『おお、そうだ。われは、良い言葉を覚えたのだぞ。【可愛いは正義】、それがわれを讃えるために人の子から発せられた言葉なのだ』

「可愛いは正義。どんな戦においても発せられたことのない言葉でございましょう」


[やべえ、どうしよう]

[いや、野良メドウ暮らしをしとったのに出てきた言葉や。ここは素直に有り難ぉ受け取ったがええ]


 赤くなったり青くなったり、汗が止まらない父子である。


「そうであれば、師匠。タロウを使った戦略も、あちらの暮らしの中で思いつかれたのですか?」


 感心しきりのマイナムは、ようやくそこに立ち戻ることができた。


『うむ。あちらでのタロウは、肉の入れものに宿った身。二つの世界を繋いで生まれたとはいえ、こちらで果たせる役割があろうとは思わなんだ。おお、二つの世界を繋ぐといえば、そこの赤子も同じであるな、ジロウよ』

「そうでございますね」


 ジロウはメドウをしっかりと抱き直した。


『われの光に紛れて、タロウが共に宿ったとき、』

「あいや、みいちゃんさま! タロウと共に吸い込まれたのですか?」

『宿ったのだ。の?』

「はっ、そうでございますな」


 つい言葉を遮った上にぎろりと睨まれて、ジロウはむやみにメドウを撫で回した。


『タロウの確かな存在を感じ、われは思ったのだ。この存在は必ずや人に伝わると。肉などなくとも、伝わると。であるから、メドウよ』

「あい!」

『人々にタロウの温かさ、柔らかさ、優しさを伝えよ』

「どうやって?」

『そんなことは自らで考えよ』


「「「ええーっ?!」」」


 叫ぶ人間たちの前で、みいちゃんはごろんとその身を横たえた。

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