対面

「師匠」


 マイナムがきちんと座り直して、みいちゃんに向き合った。


「驚きのあまり、数々の幼い振る舞いをいたしました」

『何だ、改まって』


 みいちゃんは、ゆっくりと瞼を開け閉めする。


「そもそも本日は、この父と子に古い日記を見せるため、ここに集っております。今のわれはタイライの文字が読めませんので、読んでもらいたかったのです」

『ふん』

「そこで、ソウシ王の御代に後宮にいた、柳美人が怪しいことを確かめました」

『ふんふん』

「その後中座したこの者らが、ここに、タロウというものが入り込んだと話しているのを聞いたのです」

『そうだな』

「そこで、この者が気まぐれに猫じゃらしを振ったところ、師匠がお出ましに」

『気まぐれなのか、神なるものの配慮かは知らんがな』


 みいちゃんは、後方へと頭を向けた。


『タロウよ、ここへ』


 何の物音も聞こえないが、三人はみいちゃんの視線を追った。


『おう、タロウ。そこだ、マイナムの膝に乗ってやれ』

「?!」

『我が息子、タロウである。あちらで、ジロウと共に暮らしておった』


 父と子は、マイナムの膝を注視した。

 マイナムは、降参というように両手を持ち上げた。


「重さもない、熱もない。なのに確かに何かが、ここに…?」

「なでなで! ね、みいちゃん?」

『よし、タロウ。撫でられてやれ』


 驚愕の表情で固まっているマイナムの左手の指を、メドウが掴んだ。


「なでなで」

「撫でろとな? おう…何だこれは。見えぬのに、触れられぬのに」


 恐る恐る手を動かすマイナムに、メドウは笑いかけた。


「もふもふして! もっふもふして!」

「モフモフ、か。うん、その言葉、わからぬでもない…」


「マイナム殿、みいちゃんさまを撫でたことはないのですか?」

「なっ、ジロウ、何を言う」


 マイナムは大慌てだ。


「お坊さまは、禁欲的でいけませんな。われなど、たとえ逃げられても触ろうとせずにはおれませんよ」

『逃げたりするものか。マイナムが望めば、触らせてやったものを』


 茶化すでもなく、不思議そうに問うジロウに、みいちゃんも真面目に答えたのだが、マイナムは頬を染めた。


『初めて会ったときも、そなたは今のような幼子の姿だったな。散々恐ろしいものだと聞かされていた猫を目の前にして、小便をちびっておった』

「師匠っ!」


[いや、それは当然やな]

[俺なんか大きいのも漏らしそう]

きったないな!]


 真っ赤になるマイナムを前に、父も子も大真面目なのである。


「しかし、その、何ともはや」


 次第に落ち着いてきたマイナムは、片手から両手での動きに変えた。

 緩やかな楕円の塊を中央から撫で下ろすかのように、熱心に。


「不思議だな。このような心地良さ、味わったことがない。どこから来るのだ、これは? 何もないところから…このような…前世の記憶の中からか…もふもふというのか」


[んーと、犬の毛はもっと硬いよね。この辺は暑いから、モフ犬メドウがいるとは思えないし。メドウもそんなでもないか。アルパカメドウなんていないだろうし、えーと、うさぎなんて触ったことある?]


「メドウが、メドウメドウとうるさいな。うさぎは知っておる。好物だ」


 マイナムは、小うるさそうにメドウを見た。


[あ、食べちゃう。お坊さんも肉食オーケーっと]


『われら猫も、国によっては食べられておったな。タイライに贈られた他の猫たちと話したことがあるが』

[まあ、そんなこともあるかもだけど、嫌だね]


 メドウと同じように、ジロウも身震いをした。


「みいちゃんさまは、タイライにお詳しいですな」


『あそこの後宮に住んでいたからな。今となっては何代前だ? とある王女に可愛がられておった。そもそも、われは外国とつくにからの贈り物であったのだぞ』

「やはり、何度も転生なさったので?」


『猫に九生有りということを知らんのか? まあ、とっくに九など超えたがな』

[あれ、それって、もしかして? みいちゃんって猫又?]

 

 メドウの発言に首を傾げているマイナムに向け、みいちゃんは説明した。


『この者は、ネコマタと名前を呼んだのだ』

「ははあ、ネコマタですか」

『歳月を経た猫を、あちらの世界でそう呼ぶらしい。猫仲間に教わった。ほれ、われの尻尾を見よ』

[いーち!」[一本だねえ]

『猫又とは、命の成り立ちが違うのかもしれんな』


 メドウは催眠術にでもかかったかのように、みいちゃんの尻尾の動きにつれて首を動かした。


『そう言えば、あちらの世界には猫の踊りがあると聞いたぞ』

「あ、それ、きいたことある」

『何でも、われの踊りに似ておるらしいな』

「は?」

『先ほど見せたであろうが』

「ああ、あれ」


 なぜだか、人間たちの表情がへにゃりと歪んだ。


『あちらの猫どもも喜んでおったわ。真に心地よい記憶を呼び覚ますのだからな』

「それで、あの一帯の猫たちは長命だったのでしょうか」

『そうかもしれん』


 微妙な沈黙の中、みいちゃんだけがひどく満足そうだった。



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