教わる

 体という入れ物に中身が引き寄せられてしまうのか、年少者らしく拗ねているマイナムから、父子はそっと視線を外した。

 一仕事終えたと言わんばかりのみいちゃんは、ごろんと横たわっている。


[ところで、猫じゃらしの秘密を知ったのって、いつ? みいちゃんが入ったことはわかってても、出てくるって知ったのはどうして?]

[ああ、それな。そりゃ、猫に襲われたからやがな]


 みいちゃんの耳が、ぴくぴくと動いている。


[人喰いっていうような、凶暴な魔石持ちだろ? そんなときに、なんで猫じゃらし?]

[それやがな。こっちから探しに行ったときは、襲われたら仕方しょんない思て、リヤンに持たされた木刀持っとってん。刃物持たせても、どうせよう振らんってわかっとったんやろな]

[愛する猫は斬れない、ってことな]

[運が良かったんか、近くで人が襲われた話は何べんか聞いたけど、俺は無事やってん。それが、帰りはそうはいかんかった。道士負ぶっとったし、気ぃ逸らさせるのに、ともかく何かしよ思て猫じゃらし振ったら、あれあれまあまあ、や]

[つまり、偶然ってことかよ]

[ちゅうても、みいちゃんが入っとぉし、何か起きるとは思てたけどな]

[よかったね、ちゃんと起こって。じゃあ最後まで、魔石吐くとこまで見てるんだ]

[見たっちゅうても、こっちはじりじり退いとるしな、光が眩しいてようわからんかった]

[えーっ]

[魔石は、悪用されんように拾っとけ言われたから、ちゃんと回収したで。道士殿、あんま、びっくりせぇへんかったなぁ]

[あ、魔石って悪いことに使えるんだ]

[いや、知らんけど]


 父子は、揃ってみいちゃんを見た。

 再び香箱を組んだみいちゃんは、人間のように頷いた。


『詳しい使い方は知らん。知ろうとも思わん』

「もちろん、だよね」

『人間に使うようなことは、聞いたことがあるがな。人猫じんびょう人虎じんこを作り出すために使うのだろう』

「げえ」


 メドウのみならず、ジロウもマイナムも、相当に気分の悪そうな顔をした。


[罪人とは言うても、ひっどい話や]

[戦の捕虜なども、変化へんげさせられるのではないのか]


『慰めになるかはわからぬが、そもそも、罪のない人間は変化へんげしても長くはない』


 みいちゃんは目を閉じたまま語った。


『冤罪、もしくは悪巧みによってつい罪を犯したような者らは、猫の姿で罪を重ねることなく、あの世に行くのだ。野に放たれた後、魔石を吐き出して息絶える』


 二人は、難しい顔をして黙り込んだ。

 メドウだけが、痛ましげな顔つきながらも問う。


[じゃあさ、魔石持ちの猫から、魔石持ちの猫が生まれることってないの?]

『われが知る限りは、無い。そもそも、魔物は母から生まれるものではない』

[え、そうなんだ]

『凝った悪の気から生まれるものだ』

[自然にでも、人為的にでも?]

『そうだと思う』


「悪行を犯した魂が、そのような悪気に取り込まれて転生するようなことは?」

 ジロウが遠慮がちに問いかけた。


『それは有り得ない。そもそも転生とは、同じ種においてのみ、なされるものなのだから』

「そうなのですか? あちらの世界では、畜生メドウ道に堕ちるなどと申しますが」


「メドウ道とはなんだ?」

 

 マイナムが首を傾げたが、察したのか嫌そうな顔つきだ。

 気まずそうなジロウと目が合ったメドウは、ひょいと首をすくめた。


『失言であったが、許す』


 みいちゃんは、うっすらと目を開いてまた閉じた。


『本来、魂は同じ器にのみ宿るものだ。例外がないとは言わんがな。あくまでも、例外だ。前世の記憶を持つ転生よりも、ずっと、はるかに、少ない。ということで、魔石持ちの猫も解放してやれば、輪廻に戻ることが出来、再び健やかな猫として生を受けることができる。メドウよ』


「はいっ」


 メドウは良い子なお返事をした。


『そなたがこの世の猫たちのために、怒ったり悲しんだりしてくれておることは、十分にわかっておる。魔石を吐き出さぬままに殺される猫がいなくなるように、われとマイナムの手伝いをしてほしい。ジロウと共にな』


「はいっ」[でも、どうやって? 父上は猫じゃらしを持ってるし、マイナムさまは封印ができるけど]


『そなたにはタロウを託すとしよう』


「「「あっ、タロウ!」」」


[そもそも、タロウのことを尋ねておったのではないか!]

[タロウ、どこにおるんや?]

[タロウ、のこと知ってるの?]


 腰を浮かせる三人を、薄っすらと目を開けて眺めるみいちゃんだった。



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