師匠

 大人と少年と赤子、三人の男が揃って毛繕い中の猫をじっと見つめている。


「師匠…」

『どうした、マイナム?』

「なぜ、光っておられるのですか? 師匠は神になられたのでしょうか」

『神? そなたが朝な夕な拝んでいるアレか? であれば、勘弁願いたい。あんなものになりたくはない』


 何となく含み笑いを感じた三人である。


[だよね! ここの寺の神像って、猫踏んづけてるもんな!]

『おう、それよ! 何でも王家から押し付けられたらしいが、唯々諾々と祀る方もどうかと思うぞ』

「師匠…」[むむ、だんだん思い出してきた…]


 二人と一匹の様子を見ていたジロウが、雰囲気を変えるように明るく問いかける。


「すみませんが、マイナムさま。お師匠様の生前のお名前は」


『こりゃ、ジロウ。勝手にわれを殺すでない』

「はっ!」


 一応の気遣いが、睨まれて台無しである。


『あくまでも、ちょっとしたしくじりだ。幸いあちらの世界で、本体は息災だ。まだ、完全に戻る方法がつかめておらんが、必ずや戻ってくる』


 その言葉に、マイナムもほっと胸をなでおろした。


『それと、われのことはみいちゃんと呼んでよいぞ』

「え、しかしそれでは」

『何かまずいのか? そなた、われにそのような名をつけたのか?』

「いいえ、そんな! ただ、その、お師匠さまのみならず、ほかの猫のこともみいちゃんと呼んでしまうことがございまして」

『そうなのか? それは、あちらの連中がニャーちゃんだの、ニャンコだのと呼ぶのと同じようなものか?』

「はい、左様で」

『であれば、近在の猫はみいちゃんと呼ぶな。それでよかろう』

「はあ、それはもう」


 ジロウは額の汗をぬぐった。

 彼の緊張には構わず、メドウが「はーい」と手を挙げた。


『何だ、どうした?』

「みいちゃんさわれる?」


「お、おい」

 あたふたするジロウを、なぜかマイナムがじろりと睨みつけている。

 しかし、みいちゃんは悠然としたものだった。


『試してみよ。許す』


 みいちゃんは、その場にごろんと横たわった。

 尻尾の先が、ぱたんぱたんとゆっくり床を打つ。


「あ、あれ?」

 早速手を伸ばしたメドウは、しかし、しきりに首をひねった。


『どうした?』

「さわってる? わかんない」

『うん? われは、触られている感じがするのだが?』


 ごろんと体をひねって起き上がったみいちゃんは、香箱を組んで目を閉じた。


『まだまだ足りぬな。一匹でも多くの猫と接触して、それぞれの持つ記憶を取り込むしかないか』


「へえ、そんなのできるの。すごい」

 メドウは素直に感心しきりである。


「となると、われが猫を、その、どんどん見つけなければならないということでしょうな?」

 ジロウは困惑の表情だ。


『そうなるな。表に出ない限り、われは眠っているのと同じだからな』

「猫じゃらしを持ち歩いただけでは駄目なのですな」

『もちろんそうだ』


[そう言えば、猫じゃらしを振り続けてたら、どうなってんの?]

 父とは違い、メドウは瞳をきらきらさせて前のめりだ。


『じゃれようと構えていた猫は、やがて吐き始める』

「へ?」

『そして、しまいに魔石を吐いて消える』

[それって、みいちゃんが、そうさせるってこと?]

『そうだな。念を送ってやるのだ。魔石を抱える前の子猫のころ、兄弟と戯れていたころのことを思い出すように。猫同士で絡まり合った心地良さを、思い出すように。思い出せば、体内の魔石に気付き、邪魔ものとして自ら出そうとするのだ』


 初めて知ったのだろう、ジロウも神妙な面持ちで聞いていた。


『マイナムに教えた印も、魔石に気付かせ、吐き出したくなるように仕向けるためのものなのだ』


「へえー」[どうやって教えたの?]


 メドウの問いに、みいちゃんは目を開けて立ち上がった。

 それを見たマイナムは、なぜか苦々しげな顔をしてそっぽを向いた。


『われが送る念を、形にするとこうなる』

「うんうん」


 三人の前で、みいちゃんはおもむろに後ろ足で立った。

 両の前足を上に伸ばし、ひょいひょいと左右に動いたり、腰をくねらせたりし始めた。

 前足でバランスを取ろうとするのか、招き猫さながらに上下に動かす様は盆踊りに見えなくもない。


「みいちゃん、すごーい!」


 喜ぶメドウと、苦虫を噛み潰したようなマイナム、またもや冷や汗を拭っているジロウの前で、みいちゃんはひとしきり踊ってドヤ顔になった。


[すごいね! これをいんに昇華できたマイナムさまもすごいじゃん!]

[せ、せやな…。そこんとこ、ようわからんわ…]


「それ以上言うな! ああだこうだ、師匠に駄目出しをされながら会得したのだ!」


 マイナムは、子どもらしく頰を膨らませて真っ赤になっていた。



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