告白

[猫封じのマイナムー。なんでそんな二つ名ついたんだろうなー]


 本人を目の前にしながら、メドウはぼんやりとそんなことを思っている。


[そんなん言うとぉ場合か]

 怒るのを通り越して、呆れた顔のジロウは彼の小さな肩をとんと叩いた。


「扉が閉まったのだから、タロウとやらはこの中にいるのだろう」

 マイナムは、周囲を油断なく見回している。


[ハリー・ポッターの呪文があったよな。現れよって、ええと、アパレシウム? レベリオ?]

[ハリーポッターて、なんやったっけ? アニメか?]

[えー、信じられない! 知らないの?]


「なんだ、著名な道士か? われもその程度のことならば」


 マイナムは印を結ぶ前の手つきを見せたが、父と子は完全に我関せずの構えだ。


「そなたら、止めんのか?」


[いや、この際、出てくれた方がええんですわ]

[見えないんじゃ、こっちもどうしようもないよね]


 マイナムは、やれやれと首を振って手を下ろした。

「そんな様子では、こちらも調子が狂うではないか」


[いや、完全に詰んでますわ]

 ジロウは、懐に手を突っ込んで言った。


[そもそも、何でタロウがいるんだよ? ついてきたの?]

[知らんわいや。けど、トックの籠に入っとったんちゃうかぁ]

[ああ。それ有りそう。で、何で猫じゃらし出してんのさ?]

[あ、ほんまや。気ぃ付かへんかった]


 メドウは、父の手から猫じゃらしを取り上げた。


[これが魔法の杖だったらなあ]


 そして、赤子の手でできる限り優雅に、空中に何かを描くように振った。

 思いつきで、適当な呪文らしきものをぶつぶつと呟く。


 そのとき、呆れ顔のジロウと興味深げなマイナムの前に、猫じゃらしから例の光がしゅーっと流れ出た。


「おおっ!」

「なぜ、こんなときに?!」

「うわーいっ!」


 驚きと焦りと無邪気な喜びの前に、光は猫の形を成した。


「これは…。先にメドウと、猫に相対したときに見た…」


 マイナムがぐっと唇を噛み、警戒の構えになった。


[あのときは、何かが光っているとしかわからなかったが、そうか。猫の形だったか。では、あのとき封じた猫、あれは猫じゃらしに恍惚としていたのではなく、この光の猫に恍惚と…?]


 あれこれ考えながらも、上げた両手は降ろさない。

 かといって、印を結ぼうともしていない。


「何なのだ、これは」




『当代一の愚か者めが』

 いきなり第四の声がした。野太い男の声だ。


 ジロウとメドウは縮み上がったが、マイナムはさすがに動かない。目だけを左右に動かしている。


『われの声も忘れたのか。愚かな弟子よ』

「何っ?!」


 ジロウたちはきょどきょどと周囲を見回したが、マイナムは光を凝視した。


『転生後の回復が遅いようだな、マイナム』


「ちょ、え?」

「しゃ、喋ったのは、みい、ちゃん、か?」


 メドウが尻餅をつき、ジロウがあんぐりと口を開けた。


『ああ、ようやくここまで力が戻ったわい』


 光猫は、猫らしく、前足を揃えてうーんと伸びをした。


『これ、マイナム。なんぞ言うことはないのか』


「師匠…」


「「ししょうーっ?!」」

 図らずも声の揃った父と子は、思わず抱き合った。


「あ、あ」[ちょお待った! ちょ、みいちゃ、ああ? はあ、これは耳で聞いとったんやろかい?]と、ジロウ。


『内なる鼓膜が、原始の波動で打ち震えたといったところかの』


「えー、いやー」[やめて、みいちゃん。何だか心が痛い]と、メドウ。


『いやあ、われとしたことが、敵の陰謀にはまってこのざまよ。まあ、あちらの世界もなかなかに面白かったがの。ジロウよ、あちらでは世話になったな』


「いえいえ、滅相もない」

 青ざめて少々震えながらも、ジロウはがばっと平伏した。


『少々寒い思いもしたが、家の中に閉じこもっておるよりは、あれこれ見聞きできて有意義であった。それに、あのカリカリというものはうまかった』


「ということは、あなたさまはみいちゃんということで、その間違いないと?」


『そうだ。そなたがそう名付けてくれたからの』


「でありますれば、それは世を忍ぶ仮の姿というやつで、その実態は偉いお坊さまでいらっしゃったと」


『うん? なぜそうなる?』


 いかにも不思議そうに言った光猫は、右の前足を上げて顔を洗い始めた。


『われは猫である。かつても今も猫である。それが何か?』


「い、いやあ、それは」


 ジロウとメドウは、揃ってマイナムを見た。


「お師匠さまは、こうおっしゃっていますが」

「ねーねー?」


「間違いない。師匠はあくまでも猫である」

『な。そういうことだ』


 マイナムの師匠であるという光猫は、まだ丁寧に毛繕い中であった。







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