記録

 小机の上に置いてある浅い木箱のふたを取って、マイナムはかさばる紙の束のようなものを取り出した。

 めくってゆく様を見れば、紙を糊で繋いで、蛇腹折りにしてあるらしい。


 背後の棚を振り返ったジロウは、収めてある本のようなものが、一つ一つ紐で括られているのを見て取った。


[なるほど、糸で綴じたりしてへんのやな]

[お経ってそういうものだよね。ほら、ばっさーって右左に開いてるイメージない? 火をボンボン焚いて、何か投げ込みながら呪ったりしてるやつ。あ、呪ってるわけじゃないのか]

[お前のそれ、何のイメージやねん。そんなん知らんわ]


 二人のやり取りには関わらず、マイナムは目当ての箇所を見つけ出したようだ。


[ここだ。読んでくれないか]


 彼が指で示すのを見て、ジロウは首をかしげた。


[はあ。読んだらええんですな?]


 座ったジロウの横で、メドウも机に手をかけて覗き込む。


[面白いなー。これ、二種類の文字で書かれてるんだね]


「何、そんなことがわかるのか?」

 メドウに対し、マイナムが驚いた声で問いかけた。


[ええっと、最初に見たときには、形として入るからさ。こっちと、こっちじゃ、系統が全然違うし。でも、文字だって思ったら同じになっちゃうよね?]

 メドウは指で示しながら、ジロウに確かめる。


[そうです。ただの図形だったもんが、言葉と思った途端、変わってしまいます]


 そう答えてから、ジロウは文面をなぞった。


[えー、前から気にかけていた噂の件。ドンイーの話で信用度が上がった。命がけで守られた書き付け、写しとく]


[おい、われはそうまで雑な言葉は使わんぞ]


 マイナムは片眉を上げた。


[しゃあないですがな。えーと、それから。柳美人やなぎびじんの猫嫌いは怖すぎ。姫たちの宮の猫でも見かけたら、意地でも殺させる。なんやねん、これ]


「すまぬ、ジロウ。声に出して読んでくれ。心が弱る」


 マイナムがげっそりしながら言ったので、メドウが吹き出した。

 ジロウの細眉が、ぴくりと動く。


「おほん。では続きを」

「頼む」

「後宮の猫が一掃されて後、巷に人を襲う猫の噂、これ有り。喉笛に牙をたて、倒して臓腑を喰らうという。人々、恐慌に陥り、猫を見れば我先に討たんとす。一匹の猫に相対するに、一小隊をもってこれに当たる。猫ども、王都より南下し、辺境に至る。これ、ソウシ王の御代の事なりという」


「ほう、ほう」


 腕を組んでじっと聞き入っていたマイナムは、まぶたを閉じて考え込んだ。


「ちちうえ、ちー」


 メドウがそう言っても動かない。

 ジロウは「ちょっと失礼いたします」と断って、メドウを建物の外に連れ出した。

 見張りの僧に確かめてから、そこいらの草むらでメドウに小便をさせる。


[えーと、そこなお坊さま。小さい子ぉは、寺でも立ちションを許されるもんですかいな?]


 一応彼らに向けて念話を放ってから、改めてメドウに向かった。


[さっきの、意味わかったか?]

[うん。ソウシ王って王様が、いつ頃の人かはわからないけど]

[そこやな。何にせぇ、柳美人っちゅうのが怪しいな]

[凄腕の魔道士でも雇ったのかな。美人ってはっきり書かれてるところは、ぞくぞくするね]


 ジロウは用を足し終えたメドウを小脇に抱えて、建物の中に戻らせてもらおうとした。

 数段の石段を上り、高い敷居を乗り越えたところで、しかし急によろけた。


「大丈夫ですか?」

 見張りの一人が、おっとっとと手を差し出しかけた。


「ああ、大丈夫です。見苦しいところをお目にかけて」

「お子を抱いておられますからな。お気をつけて」

「ありがとうございます」


 ふうっと大きな息をつき、ジロウは扉の閉まるのを待った。

 

[びっくりしたよ。腹のとこ押さえられたら、吐くじゃん]

[そんな、呑気なこと言うとる場合ちゃうで!]


 降ろされたメドウが見上げると、ジロウは冷や汗をかいている。


[どうしたの?]

[タロウや。タロウがここに入ったんやがな!]

[えっ?! どうしてさ?!]


「タロウとは誰だ?」


 いきなりの声に、父子は「ひいっ」と悲鳴をあげた。


 すぐそこの棚の陰から、マイナムが顔を半分出していた。


 

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