要注意
かわいそうな猫たちに思いを馳せていた父と子は、しばし黙り込んでしまった。
やがて、先に口を開いたのはメドウだった。
「おぼうさんに、きく?」[封印してる本人だし]
「おお、それだ、忘れておった! そのために使者が来たのだ」
ジロウは、立ち上がった勢いで椅子を倒した。
「明日、寺に行くぞ」
「え、おれも?」
「一緒に行くとも。マイナム殿は事情を知っているのだ。拒みはすまい」
メドウを連れて行くにあたっては、リヤンと一悶着あったようだが、翌朝にはとりあえず解決していた。
朝食の席でも、リヤンは取り立てて寺の話をしなかった。暗くなる前に帰ってくださいねと、念を押した程度だ。
ジロウは牛車を使わずに歩いて行くという。
フェイが持っていたというおんぶ紐を貸してもらったのだと、意気揚々とメドウをおんぶした。
「あつくるしいよー」
「我慢せよ。われは、牛車が我慢ならんのだ」
「んー。まあ、わかるけどー」
父子が玄関を出ようとすると、すぐ外に、腰に手を当てたリヤンがドヤ顔で待ち構えていた。
「旦那さま。供も連れずには、行かせませんからね」
「いやいや。昨夜は納得してくれたではないか」
「妾が納得したのは、旦那さまが歩いて行かれることと、メドウをお連れになることだけです」
リヤンは、傍らにおとなしく控えていた青年の背を押し出した。
「マイナムさまとお寺への捧げものも、持たせております。トックは道士さまとの、庵についての打ち合わせを兼ねて、行かせますので」
そうなると、断るわけにもゆかない。
トックというひょろりとした青年を加え、三人で出発した。
[あー、トックよ。寺までに、秘密の話をしたいのだが?]
[どうしたの? 声出してないよ?]
「トックとやら。その荷物は重くないのか?」
ジロウは、メドウの問いかけをスルーして、少し後ろを歩いている青年を振り返った。
「大丈夫でございます、旦那さま。坊っちゃまの方が重いのではありませんか?」
大きな竹かごを背負ったトックはやや前かがみになっているが、ほんのりと微笑んだ。
「重さはさほどでもないが、暑いな」
「そうでございましょうね。旦那さまのようなご立派な方が、赤子を負ぶわれるとは、その、大変でございますね」
そう言ったトックは、恥ずかしそうに俯いた。
そのまま、それぞれに黙ったまま歩いてゆく。
時折、左右の田んぼや畑からなんとなく視線を感じたが、ジロウは気にしないと決めているようだった。
[ねえ、トックのこと、何か疑ったの?]
しばらくして、メドウが改めて思念で問いかけた。
[いや、今までが無防備すぎた思てな。頭ん中の声も、普通の声の届く範囲でしか届かんらしいけど、周りには気ぃ付けよう思うねん]
[そうなんだ]
[昨夜も今朝も、お前に色々話しかけてみてんで。聞こえんかったやろ?]
[別の部屋からってこと?]
[せや]
[気付かなかったよ]
[よっしゃ。あれや、お前も気ぃ付けや]
[わかった。そういえば、あの猫じゃらし、今日も持って来た?]
[おう、もちろんや。ちゃあんと懐に入っとお]
ジロウは、胸元をとんと叩いた。
[道中で猫に襲われたら、これ、ふりふりして寺まで行ったるわ]
[そっかー。仕方ないよな。ところで、その猫じゃらしって特別なもの? 神社でお祓いを受けたとか?]
[んなことするかい。あれや…、貰い物やし]
一瞬、妙な間が空いたが、メドウはあえて突っ込まなかった。
[タロウにはお気に入りがあったし、けど使わんと悪いし、みいちゃんと遊ぶかってな軽い気持ちやったんやが、わからんもんやな。まあ、最強の護身のお守りんなったわ]
[その節はお世話になりましたっ!]
[ほんまやで。お前に何かあったら、リヤンも生きてないわ。頼むで]
そんな話をしつつも、三人は何事もなく寺に到着した。
参拝もトックにまかせ、彼には多少呆れられたようだが、ジロウは早速マイナムへの目通りを願った。
「待っておったぞ。そなたらに見てもらいたいものがある」
マイナムは自ら、彼らを裏手の建物に案内した。
到着したのは土蔵だったが、大きな錠前が掛かっている上に、僧兵と言ってよいだろう長槍を持った二人が扉の左右に立っていた。
[これから見せるものについては、口外無用だからな]
扉が開けられるのを待ちつつ、マイナムが二人に念を押した。
[なんで俺らに?]
[わーい、お宝ー!]
足を一歩踏み入れると、中には棚、棚、棚。
[ここは経蔵である]
[ははあ。経? お経の巻物や、ないな、本ですかいな]
びっしりと並ぶ棚の間を通り過ぎ、三人は突き当たりの窓の下、小机の置いてある場所まで来た。
[前世の記憶が、まだ十分に戻っていないのは許せ。ようやく思い出して、確かめたのだ]
[何をです?]
[前々前世の我の日記よ]
[何ぞ、見つかりましたんかいな?]
[噂だ。異常に猫を嫌うという人物の噂についてだ]
マイナムとジロウの無言のやり取りを追いつつ、メドウも目を見開いた。
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