親と子

「聞いていいか、メドウ? これ、メドウ、メドウ」


 ジロウは何度か繰り返し呼びかけた。


「え?」


 ようやく父を見たメドウは、まだ焦点がはっきりしていない。


[俺のメドウ餅て何や? 今、言うとったやろ? メドウ餅て]

[あ、そっか。何で知ってんのかって思った。言ってたっけ]


 メドウは自分の頭を小突くまねをした。


[おもちってさ、ほぼ白猫なんだ。かぎしっぽなんだけど、そこだけ茶色の縞模様が入ってる]

[ははあ、焦げ目っちゅうわけかい]

[うん。って、でっかい顔してるんだ。俺が赤ん坊の頃に家に来て、居着いたんだって]

[ほぉ、そら長生きやがな]

[だろ。おじいちゃんなんだ。だから、いっつも寝てるんだ。でさ、頭とかに何か載っけても動かないから、冬にはみかん載っけたりして遊んでたんだ]

[はぁ、なるほど。そんでかい]


[うん。何かめでたいじゃん。鏡餅って神様へのお供えって、]「あっ!」


「どうした、いきなり。驚くではないか」


[お供え! 縁起でもない!]


「いやいや、そんなことはない」

 ジロウはメドウの小さな両肩に手を置いた。

「見立てであろう。微笑ましいではないか」


[そ、そうかな? おもち、ちゃんとまだ生きてるかな?]

「時間は止まっていると言ったであろう?」


 そう言いながら、ジロウは一瞬しまったという顔をした。そっとメドウの表情をうかがうと、上の空のようだ。

「そっか。よかった」

 いかにも安心した声が、小さな口から出た。


[神様は、ちゃんと猫のこと知ってるんだし、間違って食ったりしないよな。うん。そういえば、タロウって光猫に会ったことある?]

[さあ、どやろ? なんせ、タロウは見えんしなぁ。俺かて、何やタロウのおる感じしとぉな、けど、気のせいやろ思とってん。ただ、ただ、な]


 ジロウはしきりに首をひねって、言い淀んだ。


「なにさ?」


「うーん」[あんなあ、最初の召喚されたとき、猫じゃらしごと手ぇ持ってかれた話、したやろ?]


「うん」


[猫じゃらし離さんかった野良猫、ほれ、みいちゃんて呼んどった子やけど]

「うん」

[これがまた、おっきいキジトラでな。元のまんま、猫じゃらしを中にして、こう、俺、みいちゃんて繋がった状態に戻されたわけや。わかるか?]

[写真みたいに止まったところへ戻ったーって感じなんだろ? 見たわけじゃないけど]

[せや。で、止まっとった時間が流れ出す瞬間に、すまんなって謝っとったわけや。これ気に入っとぅかしれんけど、俺もどうしても右手が必要やねん、離してぇなってな。まあ、心の中でやな。そしたらみいちゃん、めっちゃ賢そうな目ぇして。したら何や、わかったって言われとぉ感じして…]


「ある!」[猫って、皆まで言うなって顔、することある!]


[それや。ほんで、みいちゃん、すうっと目ぇ閉じたんやな。そしたら、そしたら…]


[どうしたって?]

[しゅーっと、猫じゃらしん中、入って来よった]


「あ?」


[ほれ。出るとこ見たんやろ? あの逆や。入ってもうたんやがな]


「えーと」[みいちゃんが猫じゃらしに入って、光猫が出た、と。じゃ、光猫はみいちゃん? みいちゃんのエキスみたいなもの?]


[エキスは止めぇや]


 ジロウは、ちょっと気持ち悪そうな顔をした。


[みいちゃんってば、元から実は神様のお使いでしたー、みたいな?]

[そんなん知らんわいや。たまに餌やったり、構っかもたりしよっただけやし。ただな、みいちゃんは、他人やないっちゅうか、その、うちの子ぉの父親やと思うんや]


 なぜだか照れるジロウである。


[うん、そこおかしいよ? あたし、あんたの子ども産んだのよーって感じになってる]


「だっ、げほげほ、ぼっ!」


 ストレートなツッコミに、何か言い返そうとしたジロウだったが、盛大に咳き込んでしまったのだった。


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