思い出す

「あのさ。タロウ、なにもたべない?」


 両親の見守る中、楽しそうに転げ回っていたメドウがふと気にした。


[しっぽ立てすりすりされた、と思ったんだけど。餌くれサインだよな、あれ]


「体があるわけではない。本体はあくまでもあちら側にいるからな」

「え? あっ!」


 何かに気づいて、メドウは急に立ち上がった。


「かぞく、いっしょ? あっち」

「あちらの家か? 一人暮らしだったが。いや、タロウと二人だ」

「だれが、せわしてんの?」

「ああ、それは大丈夫だ」[大丈夫や。時間止まっとんねん、俺がこっちに居る間こっちぃおるまぁは]

「へえ」


「旦那さまは、お一人だったのですか? お世話をする者は?」


 リヤンが思いつめたように、話に割り込んだ。


「だからな、リヤン。何度も言うように、あちらには好いた女子おなごはおらんのだ」

「いえ。女子のことではなく、身の回りのお世話をする者どもにございます」

「われは、庶民なのだよ、リヤン。自分のことは、自分で面倒をみるとも」


 リヤンは引き下がったものの、いまひとつ納得できないらしい。


[俺も庶民だけど、母上はそういう暮らしを理解できないのかな。かわいそうに感じるのかな]


「お前は両親と共に暮らしておったのか?」[19いうたら学生か、社会人か?]

 独り言のように胸の内で呟くメドウに、ジロウが尋ねた。


[学、生のようなもん、かな。親兄弟と一緒に住んでた]

[ようなもんて、何や。あれか、浪人か]

[うーん、そんなとこ]


「何だ、恥ずかしいのか? 大したことではなかろう。甘えられる境遇ならば、甘えれば良いのだ」


[あ。はい]


「さあさあ、メドウ。わらわは、そろそろ仕事に戻らねば」

 リヤンが笑みを浮かべ、明るすぎる声を発してメドウを抱き上げた。


「重くなった」

「せいちょうしたって、いってよぉ」

「そうだな、成長した。でも、まだまだこれからだぞ、メドウ。これから、楽しいことがたくさん待っておるのだからな。しっかり勉強もしてもらわねばならんがな」

 

 リヤンはメドウに頬ずりをしてから、ジロウに差し出した。


「それでは、旦那さま。今少し、仕事をしてまいります」

「ああ、わかった」

「人目のあるところで、タロウとじゃれ合うでないぞ、メドウ。では」


 略式ではあるが優雅な礼をして、リヤンは部屋の外へ消えた。


「やはり、あちらの話をすると悲しませるか」


 閉められた扉を見て、ジロウはため息をついた。

 椅子に座った彼のところへ、てちてちと歩いていったメドウは、その膝に手をかけた。


「ねえ」[タロウの気配が無くなったんだけど。飽きたのかな? また、あっちから寄ってくる?]


「ああ、多分。自分の存在を理解する者だと、認識しただろうよ」


「うー」[声出してると格好いいけどさあ、母上はいないんだから、くだけていこうよ]


「ああ」[せやな。けど、リヤンがあんなんやと、俺も何かしら考えんねん。道士がその気ぃなったら、今すぐにでも戻されるかもわからんし]


「え? そんな」

「召喚とは、そういうものらしいぞ」

「だったら…、ううん」


 メドウは何か言いかけたが、打ち消すように首を横に振った。


「タロウって」[どんな見た目? タロウのこと、もっと教えて]


「そうだな」


 ジロウは見えないタロウを探すように、部屋の中を見回した。


[濃いめのサバトラや。腹の方は結構白いな。毛ぇは長めや。撫でたいやろ?]

[うんうん。もふ度高めな気がした! で、ちょっと太ってる?]

[せや。室内飼いで、去勢しとると太りやすい言われたわ]

[うちのも、ちょい太めだし]


「ん? オモチとは?」

 ジロウは思わず声に出した。


「あー?」[おもちは、俺の、えっ、おもち! 何で忘れてた?!]

 メドウは驚愕の表情のまま固まった。


「その体には、前世の記憶の全ては入るまい。少しずつだ。少しずつ思い出すのだ」


 自らの驚きを抑えながら、ジロウは両のてのひらを向けて、息子をなだめようとした。


「おもち! うちのねこ!」


 しかし、メドウはじたばたしながら連呼する。


「うん、そうか。そういう名前なのか。ここにも餅が存在するというわけか。いや、名前だから普通に言えたのか? 明らかに名前であるという言葉は、メドウにならないという法則があるようだが…。いや、この場合の名前というのは、生きているものに限るという…」


 わざとなのか驚きのせいか、ジロウは独り言を続ける。


「おもち、おもち、ごめん」


 父の目の先では、メドウが身もだえている。


「かぎしっぽ! メドウもちー!」


「は? メドウ餅?」


 ジロウは顎に手を当てて考えるそぶりを見せた。





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