何か出た?
親子三人で、中庭に敷物を広げてくつろぐひととき。
「ははうえ、うれしい?」
「嬉しいとも。そなたも、父上と共に過ごせて嬉しかろう?」
マアルが置いていってくれた盆には、色とりどりのフルーツを切って盛り合わせた大皿と取り分け皿、刺して食べるための串などが載っている。
「今年も領内のフルーツは、出来が良いようです。王都でも高くうれることでしょう」
どうやら領民たちが作った作物は、サーラム家が取りまとめて売りに出すらしい。
メドウが見聞きするものには限りがあるが、ここの領地の経営というのは総合商社のようなものだなと感じられる。
メドウがリヤンに猫砂というものを教えたのがきっかけの【おまるに敷く木屑】も、王侯貴族に好評なのだそうだ。
庶民は外の小屋で用を足すのに、召使のいる階級になると室内でおまるを使用する風習は、メドウには理解し難いものなのだが。
「ところでリヤン、それぞれは何と言うのだ?」
「はい。これがマンクゥ、ドゥドゥ、チョムチョム…」
ジロウの問いに答えて、リヤンが一つ一つ指してゆく。
「うむ、切ったものを見るだけでは、なかなか覚えきれないな」
「あら、そうでしたわね。後ほど、そのままでお目にかけましょう」
二人のやり取りを聞きつつ、メドウはくんくんと匂いを嗅いでいた。だいたいはトロピカルフルーツと呼ばれるものに似ている。
「軟らかいものなら食べられよう。どれが良い?」
気づいたリヤンが勧めてくれたので、メドウは橙色の果肉を指差した。
あーんと口を開けて、食べさせてもらうとマンゴーの味がした。
「おいしー!」
「そうか。もっと食べるか」
「失礼いたします。旦那さまに、ニャムナット寺からのお使いの方がいらっしゃいました」
顔を上げると、メドウの知らない若い男が離れたところから呼びかけていた。
彼と共にジロウが行ってしまうと、リヤンは小さなため息をついた。
「旦那さまはどのように闘うおつもりだろう」
「たたかうって?」
「違うか? 気を緩めては、命を失うかもしれぬのに」
「いや、それは」
無いだろうと言いかけたメドウは、口を閉じた。
あの猫じゃらしと神様のことを、まだよく知らないから。
「そうだ。道士の庵の場所は決まったぞ。風で飛ばぬ程度のものなら、すぐにも出来よう。そうなれば、呼び寄せるしかあるまい」
「よびすてー」
「んっ」
リヤンは、ばつの悪そうな顔を逸らした。
「まあ、旦那さまと妾を引き合わせてはくれたのだからな」
「そだねー。ちちうえ、32さいって」
「ああ、そうだな」
「とし、はなれすぎ」
「いや、よくあることではないか? あちらでは違うのか?」
「すくない」
「ふむ。旦那さまは、妾が16になるまでは妻にできぬと頑なに仰せだったが、小娘と嫌がっておられたのか」
メドウが眉根を寄せたので、リヤンは困ったような顔をした。
「まさか、ははうえがせまった?」
「迫ったとは人聞きの悪い。だが、まあ、うん。旦那さまは素敵なお方ではないか」
「えー」
メドウは否定的な声を上げ、リヤンは赤くなりつつ片眉を上げた。
「妾の知る誰よりも、きりっとしておられるぞ。目元も涼しい。王国一のお方だ。旦那さまが屋敷に来てくださったおかげで、品性の卑しい連中の求婚も退けられた。妾は幸せ者だ」
語るリヤンはしかし、どこか寂しそうな顔をした。
「ははうえ、もてもてだった?」
つくろうように、メドウは急いで言った。
「ふふふ、領主の位が欲しいだけの連中だ。愛しいと思ってくれたわけではなかろう」
「こんなに、かわいいのに?」
「おお、なんと! この口は!」
リヤンは頰を染めて、メドウをくすぐりにかかった。
メドウは、きゃっきゃと赤子らしい笑い声を上げて、敷物の上を転げ回った。
そのとき。
「あれ?」
母が起こしたのではない、何かふわっとした風がメドウの肌を撫でた。
「え? え? これって?」
「どうした、メドウ?」
「これって、これって、わぁ!」
メドウは、何かを捕まえようとするように、上半身を起こした。顔中で笑って、半開きの口からよだれを垂らして。
「なんだ、毒でも盛られたのか?!」
「ちがーう!」
慌てるリヤンに向けて、メドウは勝ち誇った笑いを放った。
しかし。
「あっ、あっ、だめーえ!」
敷物の上に手を伸ばして叫ぶメドウを抱え上げたリヤンは、屋敷に向けて駆け出した。
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