お庭
屋敷に帰ったその日のうちに、メドウには専用の部屋が与えられた。
疲れて眠くなってぐずぐず言っているうちに、見たことのない部屋に運ばれたようだ。
「坊っちゃまは、とても賢い目をしてらっしゃいますからねえ」
翌日、フェイが問わず語りに聞かせてくれた。
「ほぼ新婚でいらっしゃいますものねえ。坊っちゃまの目があっては、仲良くするのもままなりませんもの。ふふふ」
我知らず赤面してしまうメドウである。
「お子さまは、たくさんいらした方が良いですものねえ。旦那さまがいらっしゃれば、ご領地のことも安心でしょうし」
とはいえ、ジロウは領地の管理の他にやることがある。
フェイのみならず屋敷の誰もが、それをまだ知らない。
だが。
ジロウはなぜか、中庭の樹木のことばかり気にしていた。
リヤンが執務室にこもっている昼間、ジロウはメドウをよく中庭に連れ出してくれるようになった。
だが。一応、目の届くところにいてくれるのだが、メドウが虫を追いかけたり一人遊びを始めると、何やら木の観察を始めるのだ。
[何してんの? 調べもの?]
何回か庭で過ごしてみて、メドウは本人に尋ねることにした。ねえねえと何度か呼びかけて、ようやく振り向いたところへ問いかける。
「いや、ちょっと刈り込んだ方が良いのではないかと思ってな」
なんだか上の空っぽいと思った通り、普通に返事をしてきた。
[俺ですよー。メドウの中身の俺ですよー]
「中身?」
その言葉を繰り返してみて、ようやく状況に追いついたらしい。
[あー、そうか。悪い。いろいろ考えとってん]
[庭の手入れが悪いなーとか?]
[
ジロウはメドウのそばまで歩いてきた。
[俺なぁ、植木屋なんや]
[へえ。そうだったんだ]
[由緒正しい造園業者の三代目]
[社長?!]
[の下で働いとぉ]
ツッコミを期待されているのかと緊張したメドウだったが、ジロウはいたって真面目な表情を崩さない。
[ここの木ぃは、気候が
[ふうん。俺、木の種類知らないからなあ。南国っぽいってことしかわかんないし]
[せやろな。知らんかって、困ることも無いしな]
ジロウは地面に落ちている小枝を一本拾った。
[元の名前、まだ思い出されへんのんか?]
[うん]
[母ちゃんが
[うん。そういう、つまんないことは覚えてるんだけどなあ]
[…知っとぉか? ニャムナット寺の
[何それ?]
メドウは、聞き慣れない言葉にジロウを見上げた。
[あっちにもあんねん。普通の銀杏は、実が枝についとるやろ? 銀杏の木くらい知っとぅけ?]
[秋に黄色くなって、滑りやすい。落ちてる実は臭い。通学路にあって、迷惑したから]
[せや。こんなんやな]
ジロウは、手にした小枝で地面に銀杏の葉の絵を描いた。
それから、その中に小さな丸を描き加えた。
[お葉つき銀杏っちゅうのは、実がここに出来る]
「えー?」
声をあげたメドウに、ジロウは笑いかけた。
[銀杏の木っちゅうのは、生きた化石言われてんねん。昔々は、みんなそうやって葉っぱに実がついとったらしいわ。あっちでも、たまーにそんなんあってん]
[へえ。知らなかった]
「あっ」
そのとき、ジロウが何かに気づいて声を発したので、メドウも彼の視線を追った。
「リヤンだ。今日のところはここまでだな」[あっちの話をすると、暗い顔するよって]
「わかった」[俺には優しい顔見せるけどな]
二人の視線の先には、手放しに嬉しそうな顔をしたリヤンが小走りにやってくる姿があった。
「そうか」[そら、あれやな、こっちに来たきっかけや。お前、歳はいくつやったん?]
[えっと、多分だけど、19かな。その先の記憶がないから]
[若いな。俺は32や]
「うわぁ」[母上は17だぞ?! やっべえじゃん!]
「旦那さま、メドウ! 極上のフルーツが届いたのです。こちらに運ばせますから、いただきましょう」
リヤンのはるか後から、そろそろと盆を運ぶマアルの姿が現れた。
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