帰る!
猫封じならぬ救済に尽力すると言い切った夫に対し、リヤンの機嫌はすっかり悪くなってしまった。
聞くだけのことは聞いたの一点張りで、寺にいても仕方がないと言う。
そして、その後。
「道士殿をこちらへお連れする間、ずっと考えていた。一匹一匹に相対しても埒があかぬ。猫を魔道に落とした誰か、何かを止めなければ終わらないことだと」
「ええ、そうでしょうとも。わらわのことよりも、猫のことを考えておられたのでしょう」
「そういう意味ではない」
ひとまずマイナムと道士には引き取ってもらい、夫婦親子水入らずになったのに、不毛なやり取りが続けられていた。
部屋を出る前、道士は、長年住んでいた山中に帰る気力も体力もないと断言した。
ジロウの様子も見たいので、【屋敷の庇護下にあるが、人の来ない場所】に庵を建てて欲しいと要求までしていったのだ。
彼よりも後に部屋を出たマイナムが「ひとかどの道士ならば、空を飛ぶなり時空を超えるなり出来ように」と言い置いていったのも、リヤンという火に油を注いでしまったようだ。
「とにかく、帰りましょう。迎えの牛車が着き次第、帰りましょう」
リヤンは今にも部屋を出そうな勢いだったが、その迎えがなかなか来ない。
「ここにメドウ、あ、やっぱりない」
母の顔色を伺っていたメドウは、言いかけて納得している。
「何が無いと?」
リヤンはきっと睨むように息子を見た。
「うう、ときをはかる、どうぐ」
「時を計る? お日様の高さを見れば良いではないか」
「あー、そだね」
「こちらの一日は、あちらと同じと考えて良いぞ。
父がそう補った。
「ふぅん。しらなかった」
「ところで、リヤン」
「なんでございましょう」
夫に優しい声をかけられても、まだつんけんせずにはいられないようだ。
「この子の名だが、
「え?」
「この世に無いものを指すのだろう?」
「あら、そうですわね…」
自分と同じ名を選んでくれたことが嬉しかったのか、リヤンの態度はいっぺんに軟化した。
「では、メドウ。そなたの名は、ただ今よりメドウとしよう」
[なんか、すっきりしたし。ありがとう]
[いやいや、やっぱし呼びにくかったからな]
父と子は、目を見交わして頷きあった。
「それから、道士殿は、しばらくこの寺に置いてもらおう」
「あら。それは双方承知しないのではありませんか?」
嬉しさ半分不安半分の顔で、リヤンは首を傾げた。
「庵の用意ができるまでなら、なんとかなるだろう。われもいつ何時、道士殿の力添えが入用になるかわからぬし」
「そうですわね」
考えていたリヤンは、渋々だが同意した。
「本当に、ご自身で風のように移動してくだされば良いのに」
「うん、まあな。それでも、道士殿もわれを探しに山を降りておられたのだぞ。おかげで、高い山に登らずにすんだのだから」
「そういえば、ご本人も吹き飛ばされたとおっしゃいましたね? それで命を落とさない程度には、何か極めてはいらっしゃるのですね」
「おいおい、リヤン」
ジロウは苦笑いをもって、リヤンと道士の双方を立てようと思ったらしい。
「タイライという国は遠いそうではないか。こちら寄りとはいえ、相当な距離を飛んで来られたらしいぞ。常人にはできないことだろう」
「いとのきれた、たこだ。あれ? たこはあるんだ」
「空に揚げる凧のことか? なるほど、骨と皮ばかりのお方にふさわしい。ふふふ」
メドウのつぶやきで、ようやくリヤンの機嫌も直ったようだった。
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