帰る!

 猫封じならぬ救済に尽力すると言い切った夫に対し、リヤンの機嫌はすっかり悪くなってしまった。


 聞くだけのことは聞いたの一点張りで、寺にいても仕方がないと言う。 


 そして、その後。


「道士殿をこちらへお連れする間、ずっと考えていた。一匹一匹に相対しても埒があかぬ。猫を魔道に落とした誰か、何かを止めなければ終わらないことだと」

「ええ、そうでしょうとも。わらわのことよりも、猫のことを考えておられたのでしょう」

「そういう意味ではない」


 ひとまずマイナムと道士には引き取ってもらい、夫婦親子水入らずになったのに、不毛なやり取りが続けられていた。


 部屋を出る前、道士は、長年住んでいた山中に帰る気力も体力もないと断言した。

 ジロウの様子も見たいので、【屋敷の庇護下にあるが、人の来ない場所】に庵を建てて欲しいと要求までしていったのだ。


 彼よりも後に部屋を出たマイナムが「ひとかどの道士ならば、空を飛ぶなり時空を超えるなり出来ように」と言い置いていったのも、リヤンという火に油を注いでしまったようだ。


「とにかく、帰りましょう。迎えの牛車が着き次第、帰りましょう」


 リヤンは今にも部屋を出そうな勢いだったが、その迎えがなかなか来ない。


「ここにメドウ、あ、やっぱりない」


 母の顔色を伺っていたメドウは、言いかけて納得している。


「何が無いと?」

 リヤンはきっと睨むように息子を見た。


「うう、ときをはかる、どうぐ」

「時を計る? お日様の高さを見れば良いではないか」

「あー、そだね」


「こちらの一日は、あちらと同じと考えて良いぞ。一月ひとつきは28日、一年は十月とつきだがな」

 父がそう補った。


「ふぅん。しらなかった」


「ところで、リヤン」

「なんでございましょう」


 夫に優しい声をかけられても、まだつんけんせずにはいられないようだ。


「この子の名だが、悪食あくじきというのは、やはりちょっとな。メドウという名であれば、魔物にも避けられるのではないかな?」

「え?」

「この世に無いものを指すのだろう?」

「あら、そうですわね…」


 自分と同じ名を選んでくれたことが嬉しかったのか、リヤンの態度はいっぺんに軟化した。


「では、メドウ。そなたの名は、ただ今よりメドウとしよう」


[なんか、すっきりしたし。ありがとう]

[いやいや、やっぱし呼びにくかったからな]


 父と子は、目を見交わして頷きあった。


「それから、道士殿は、しばらくこの寺に置いてもらおう」

「あら。それは双方承知しないのではありませんか?」


 嬉しさ半分不安半分の顔で、リヤンは首を傾げた。


「庵の用意ができるまでなら、なんとかなるだろう。われもいつ何時、道士殿の力添えが入用になるかわからぬし」

「そうですわね」


 考えていたリヤンは、渋々だが同意した。


「本当に、ご自身で風のように移動してくだされば良いのに」

「うん、まあな。それでも、道士殿もわれを探しに山を降りておられたのだぞ。おかげで、高い山に登らずにすんだのだから」

「そういえば、ご本人も吹き飛ばされたとおっしゃいましたね? それで命を落とさない程度には、何か極めてはいらっしゃるのですね」

「おいおい、リヤン」


 ジロウは苦笑いをもって、リヤンと道士の双方を立てようと思ったらしい。


「タイライという国は遠いそうではないか。こちら寄りとはいえ、相当な距離を飛んで来られたらしいぞ。常人にはできないことだろう」


「いとのきれた、たこだ。あれ? たこはあるんだ」


「空に揚げる凧のことか? なるほど、骨と皮ばかりのお方にふさわしい。ふふふ」


 メドウのつぶやきで、ようやくリヤンの機嫌も直ったようだった。


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