それは成功か?

「ところで、旦那さまが我が屋敷に姿を現されたことですが」


 ジロウの右手から目を上げて、リヤンは道士を見た。

「なぜ、ご自分のところに召喚なさらなかったのですか?」


「いや、面目ない。それについては、しくじったとしか言いようがないのだ」


 道士は、恥じ入ったように肩をすぼめた。


「あの日、我が庵のある山の上は、大変な嵐だったのだ。本来ならば一切合切あきらめて、一からやり直すべきであった。しかし、食も水も絶っての数日、ここぞという手応えもあったために、思いきれず…」


「庵が、吹き飛ばされたのだそうだ」


 言いよどむ道士に代わって、ジロウが続ける。


「建物もろとも、祈祷のための壇も吹き飛ばされ、召喚したものを迎え入れるための座も天高く舞い上がったらしい」


「まあ、道士さまもお気の毒な。お住まいを失われて」


 リヤンは、道士に向けてしみじみと言った。


「庵はどうでも良い。それよりも、わずかなかけらであろうとも、よくぞ領主殿の屋敷に舞い降りたものだわい。着地した屋根の下に現れたのだなあ」


 道士は、首を振りながら言った。


「座とは、円座わらふだですかな?」


 マイナムが、なぜか目を細めて尋ねた。


「さよう」

「それが、ばらけるところをご覧になったと?」

「いや、われもまた、吹き飛ばされてしまったので見ておらぬが、形を残して届くわけもないかと。もしも、一欠片ごとになんらかの力が働いたなら、ジロウ殿もおったやもしれん」


 リヤンが軽い悲鳴をあげて、手で口元を覆った。


[え、ばらけるって、ばらばらになるってこと?]


「さよう。そうならずに済んだのは、神の思し召しのようですな」


 メドウの疑問には、マイナムが答えてくれた。


「お待ちください。それでは、旦那さまはこれから、猫封じのために動かれるということでしょうか?」


 リヤンはますます青ざめている。


「さよう、さよう。そのために、異界よりお招きしたのだから」


 道士が薄い胸を張るのにほぼ背を向けて、リヤンはジロウを握る手に力を込めた。


「旦那さま、道士さまにお会いになられて初めて、召喚の訳を聞かれたのですね?」

「もちろんだ。そなたの前に現れたときは、何が起こったのか、さっぱりわからなかった」

「では、お断りなさいませ」

「何?」

「このような無体な話、聞くことはないではありませんか」


「リヤンよ、そうはいかぬぞ」


 苦々しげな顔つきで、マイナムが言った。


「なぜでございます?!」

「召喚とは、そもそも一方的なものだからな。呼び出されてしまえば、使役されるものの意思など関係ない」

「使役!」


 リヤンの眉がつり上がった。


「リヤン、まあ落ち着くが良い」


 物申さんといきり立った彼女をなだめるように、ジロウが肩をとんとんと叩いた。


「失った右手を取り戻すため、道士殿に一度戻してもらってわかった。猫たちを封じるのではない。救うのがわれの務めだ」


「旦那さま?」


「元いた世界でも、神の祝福を受けてきたのだ。心配はいらん」


「あううー」[光猫ひかりねこ!]


「なぜ、このようなときに、嬉しそうなのだ!」


 指をあげて笑顔になった途端、リヤンに叱り付けられたメドウだった。

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