外道
それぞれが茶など飲んで待つうちに、ようやくマイナムがやって来て、入れ替わりに青年僧は出て行った。
「お待たせして申し訳ありません、道士殿。昨日はご挨拶もかないませんでした、マイナムと申します」
マイナムが見た目相応の挨拶をしたので、メドウは目を丸くした。
「そのような小芝居は必要ありませんぞ、【猫封じのマイナム】殿」
相変わらずの震え声だが、それなりの威厳を持って道士が応じた。
小さな手でぺちんと目を覆うメドウを横目で見て、マイナムは構えて道士に相対した。
「我が名をご存知でしたか」
「もちろん。かの国にも、貴殿の名は届いておりますぞ。もっとも、われが世俗に暮らしておったのは、はるか昔のことですがな。ああ、これは失言。転生を繰り返しておられるマイナム殿には、つい昨日のことでしたか」
二人のやり取りに、リヤンもメドウ並みに目を丸くしている。
「一つの生に流れる時は、皆と同じですとも。して、道士殿の名はなんと?」
「名はとうに捨てました。道士とお呼びくだされ。まあ、巷では【魔道士】と呼んでいるようですがの」
道士はこほこほと乾いた咳をした。
「そのように呼ばれる方が、この者を召喚したのはなぜでしょう?」
マイナムは無邪気な子どものように、笑顔で問いかけた。
リヤンも何度も頷いて身を乗り出した。
「我が家であった理由と、お手を失われた件についても、ぜひに」
「そうですな…」
道士は、薄く目を閉じて沈黙した。
[やべぇ。爺さん、死んでない?]
[アホなこと言いな。なんぼか乾いとるけど、生きとるわ]
[これ、その方ら。少しは慎め]
「あー」
道士が声を出したので、全員がびくっとした。
「われは今、タイライ国の外れに庵を結んでおるのです。いや、おったと言うべきか」
道士は、自らがいかにしてそこに住むに至ったか、かつて王宮に仕えていた頃のことから延々と話し出した。
タイライ国とは、北方にあり、周辺の小国を次々に征服している強大な国である。
軍の侵攻については、メドウを除く全員がおおよそ承知している。内政については、この場においては、はっきり言ってどうでもいい。
なんとかして召喚の件まで話を進めたいと誘導しても、道士は自分の話したいことを話すと決めているようだ。
朝だとはいえ、食事を終えたばかりのメドウは眠気に負けてしまった。
一眠りして目を覚ましたのは、尿意を覚えたためだった。
続きの部屋に用意されたおまるは高さがあるので、リヤンに頼んで抱えてもらう必要がある。「ちー」と衣を引くと、ほっとしたように連れて行ってくれた。
「赤子は良いな。わらわも眠くなった」
メドウの耳元で、リヤンはこっそりとささやいた。
しかし、彼らが道士らのところへ戻ったとき、話は違う方向へ進んでいた。
「あー、マイナム殿は、虎というものをご存知ですかな」
「名こそ存じておりますが、話に聞くばかり、見たことはございません。大きく、力も強い、猫の上位種と聞きましたが」
「あー、その通り、その通り」
[猫の上位種ってか!]
[まあ、そう間違ってもないやろ]
「だからと言って、マイナム殿が封印できるかどうか。ほっほっほ」
[じじいめ、いらぬ世話だ]
[ひえっ、坊さんもそういうこと言うんだぁ]
[黙らっしゃい。こやつが道士になったのも、所詮、権力争いに破れたからではないか。欲得尽くしよ]
マイナムはにこやかな表情を崩さないまま、メドウの念に返答をした。
「虎というものは、本来人里には現れぬもの。山の奥に棲み、人を見てもむやみには襲わないと言われておったのです」
「ほう。猫とは違うのですな」
「そう。猫とは違う」
[確かに、いちいちむかつくじじいだぜ]
メドウの悪態を、誰もたしなめない。
「ところが、それも昔のこと。タイライでは、虎に罪人などを与え、人の味を覚えさせておるのです」
「なんですと!」「なんだと?!」「なっ!」
男たちが声を上げ、リヤンは両手で口元を覆った。
「更には、虎に
「なんたる外道!」
声を失った面々の中で、マイナムのみが憎々しげに言い捨てた。
「外道。まさしく。その人喰い虎どもを、タイライは
道士は苦々しげに顔を歪めた。
「そうして、あるとき思いついた者がおった。下位種である猫を、似たように仕立ててはいかがかと」
「なにっ?!」
メドウも含め、全員の声が揃って放たれた。
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