お泊まり

 しばらく後。

 僧侶の装束である赤い一枚布を巻きつけたリヤンは、同じような格好のメドウを前にして、ふくれていた。


「リヤン、どんな格好をしていても美しいぞ」


 本心からに違いない言葉を投げかけられても、ふくれっ面は直らない。

 さすがに赤子用はなかったので、足先まですっぽりと覆われたメドウは、動くこともままならずに布に埋もれていた。


「そなた、粗相などしたことがないではないか。用意がないときに限って、なぜこうなる」




 一人で湯浴みなどしたことがないというリヤンは、この格好に落ち着くまでが大変だったそうだ。

 メドウはしばらく眠っていたので、その騒動についてはよく知らないが、フェイを無理やり帰してしまったのは、大失敗だったわけだ。

 王侯貴族が泊まることもあるというので、それなりの部屋も湯殿もあるのだが、いかんせん寺である。女手は無い。

 僧衣の着付けも誰も手伝えないので、体を隠せたらそれでよしという仕上がりだ。


 豪華ではないが不足はないという部屋に落ち着いて、豪勢ではないが十分であるという夕食もそこで頂けた。

 例の気の弱そうな青年僧が、食事を終えるまで何くれと世話を焼いてくれた。


 マイナムは日課が押していると言って、顔を出さなかった。




「油もそろそろ尽きるでしょう。疲れました。もう休みましょう」

「あ? ああ、そうだな。これからは、話をする時はたっぷりあるのだから」


 リヤンは、二つ並んだ寝台の一つにメドウを連れて横になった。

 疲れたというのは本当らしく、間もなくすやすやと寝息が聞こえてきた。




[おい、起きとんのやろ?]


 メドウは、頭に響く声にぴくりと肩を震わせた。


[はい]

[なんや。最初、おっさんとか言いよったくせに、ええ返事やのう]

[いや、その際は失礼いたしました、父上]

[きっしょいから止めぇや]

 

 思念ではあるが、父親の言葉は笑いを纏っていた。


[昼間はすまんかったな。リヤンに父親らしいとこ見したろ思てんけど、失敗してもうたわ。赤ん坊相手にいきっとった]

[いや、俺もあんまり赤ん坊じみてました。ごめんなさい]

[タメ口でええ言うてんねん。ほんまの親子やない、ことはないけど、こうやって話しとるときは別や。それよりな]


[あー、本物の親子だよなあ]

 不思議さを噛み締めているメドウの思いに、父親は言葉をかぶせてきた。

[猫じゃらし、振ったやろ?]


[え? ああ、うん。懐かしいなーと思って]


[猫みたいなん、出たな? 見たんやろ?]


[あー、えーと、何か、はい]


 思念による会話は、ぽつぽつと微妙な間を挟み合った。


[あんなあ。あの猫じゃらし、ただ振っても何も出ぇへんねん]


[え?]


[魔石持ちの猫が相手のときだけ、な、神様が出はんねん]


[え、神様? 神様って何?]


 メドウが思わず身じろぎすると、リヤンがうーんと声を立てた。


[おい、こら。リヤン起こすなや]


[すみませんっ]


 メドウはぴたりと動きを止めた。幸い、リヤンは起きなかった。

 ただ、メドウを抱え込むように体を押し付けてきたのだが。


[ここらで一番いっちゃん安全や思てた寺で、マイナムが一緒におって、赤ん坊がアレ振るとか、思わんかったで。怖い思いせんかったか?]


[あ、心配かけたんだ。ごめんなさい]


 メドウは暗闇の中で、音声を伴わない会話でも、いや、そうだからこそ父親の心配をしっかりと感じ取った。だから、心の底から謝った。


[いや、何も説明してなかったのに、アレが役に立ったんならええんや。お前も猫、好きなんやってな。神様も、それをわかって助けてくれたんかな]


[その神様って何?]


[ようわからん。けど、この世界の猫を助けに来はったんや]


[猫を…助けに…]


[ん? おい? おい]


 この夜、メドウの記憶に残ったのはここまでだった。

 小さな体は、頰に押し付けられる母のおっぱいを感じながら、意識を放棄してしまった。








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