知らんぷり
「これ、なに?」
メドウは口を半開きにして、手の中の石を、ためつすがめつした。
「魔石だ。魔物を退治すると残る石だ」
マイナムはふうっと息をついて答えた。
[今の、猫じゃなくて魔物だったのか]
「魔物にされた猫と言った方がよいかな」
「え、どゆこと?」
心のどこかでほっとしかけていたメドウは、驚いて声を上げた。
「かつては、この地の猫も人喰いではなかった。そもそも珍しく、よそから持ち込まれたものか、その子孫しかいなかったからな。今のように恐れられるものになったのは、われが三度目に転生したころからと思うが…、おお、このような話をしている場合ではなかった」
マイナムは慌てて部屋を出てゆくと、一人の青年僧を連れて戻ってきた。
「よいか、頼むぞ。二親の心を波立たせぬためだ」
気の弱そうな青年は強く言われて、へこへこと頭を下げている。
「われが呼ばれて出て行ったとき、入れ替わりにこの者がそなたを守りに来て、ずっと一緒だった。よいな?」
マイナムは、メドウにもそう言い聞かせた。青年は、目を白黒させながらその姿を見ていた。
[あ、口裏合わせ?]
「そうだ。あ、それを寄越せ」
マイナムは魔石を取り上げた。
「マイナムさまがいらっしゃる限り、猫の心配はあり得ません。とはいえ、赤子が一人だったのはまずかったです。気付かなかった我々の手落ちでございました」
「いや、偶然が重なったまでだ。何もなかったのだから、無用な心配をかけることもないと思うまで」
[へー、何もなかったで通すんだ]
[そなた、われを脅すつもりか?]
傍目にはにこにこしているだけのメドウに、マイナムはきっと鋭い一瞥を与え
た。
とはいえ彼も幼い姿だけに、メドウはべえっと舌を出して応えた。
やがて両親が急ぎ足でやって来た。
「こちらの建物に近寄るなと言われたので、もう、気が揉めて揉めて」
リヤンはすぐにメドウを抱き上げた。
「では、やはり猫はいたのですな」
父親は、マイナムが手にした魔石を指して言った。
「案ずるな。われにかかればどうということのない魔物だ」
[あーっ、魔物とか言うなあ!]
[魔石を持つものはすべからく魔物だ!]
子どもたちのやり取りを察した父親は、不審げに首をひねった。
その目が、床に落ちたままの猫じゃらしを捉えた。
じっとそれを見つめている視線に気づいて、メドウはあっと顔を歪ませた。
「あー、見つけてしまったのか」
[見つけてしまったんですよ、お父上]
[妙な喋り方すんな]
[喋ってないもんねー]
[ああ、ほんまや、って言うとる場合かい!]
[おっ、本場のノリツッコミ? ってか、ごまかさないでくださいねー。この猫じゃらし、変なもん出たんですけど]
「って、そなた、まさか!」
顔色を変えて叫んだ彼に、マイナムを除く全員が飛び上がった。
[この粗忽者が。全く余計なことを]
マイナムは、片方の手で顔を覆っている。
「え? え?」
きょとんとするメドウと夫を見比べて、リヤンは不安げな顔をした。
「あの、旦那さま…? この子に何かございましたか?」
「いや、あの」
言いよどんでいた父親だが、急に大声をあげて指差した。
「遅かったぞ、リヤン!」
「え? あら?」
[はい。察しました]
父親が指し示したメドウは、リヤンの腕の中でちーっと小便を漏らしてやったのだった。
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