語らい

「なあー、ゆうしゃだよな? おれ?」


 言い募るメドウだったが、マイナムはゆるゆると首を横に振った。


「なぜ、そのような考えに至ったのかわからんでもないが、災いの火種ということもあり得るのだぞ。まあ、少なくとも父の方は、こちらについてくれたのだろうし、それは幸いだがな」


「あの、その道士は何のために、旦那さまを召喚したのでしょう? 以前、旦那さまご自身はわからぬと仰せでした。でも、お手を取り戻して帰ってこられたということは…? 旦那さまこそが、勇者?」


 期待と不安が入り乱れた目で、リヤンはマイナムを見た。


「さあ、そこよ。われもまだ答えを知らぬ」

「少なくとも、勇者などと呼ばれる者ではないぞ、リヤンよ」

「では、旦那さまはこれからどうなさるのですか?」

「うむ。それについては、道士本人が語ってくれるそうだ。こちらにお連れした」

「まあ、旦那さまが?」


 リヤンは、その道士が今にも現れるのではないかと、きょろきょろした。


「いや、今日は無理であろう。負ぶってきた者より、負ぶわれた方がより疲れ切って寝てしまった。今宵は寺に泊まってゆけ。明日、話を聞こう」


 マイナムが言って、呵呵と笑った。


[うわあ、おんぶして歩いてきたってこと?]

[ははは。実はそうなんや。そんで、俺も寝かしてもろとったんやけどな]




 リヤンは、フェイとダットに事の次第を話してくると言って、案内の僧を呼んで出て行った。二人は先に屋敷に返すそうだ。


[ゴネそうだな、二人とも]

[え、そうなんか? 俺も顔くらい見せとかんと、あかんな]


「それもそうだ。一人で行けるな? われはその間、この子と話がしてみたいのだが」

「左様ですな。よろしい、誰ぞに尋ねて行ってまいります」


[えー、坊さんと二人きりぃ?]


 ふくれっ面のメドウに軽く笑いかけ、父親も部屋を出て行ってしまった。




[まあまあ。同じ転生者同士、余人を交えず語り合おうではないか]

[とか言われても、うさん臭いんですけどー]


 ほかに誰もいない部屋だが、傍目には、幼な子が興味深そうに赤子を見つめているに過ぎない。


[良いではないか。われは七度目の転生だが、異界からの転生者に会うのは初めてなのだ]


 マイナムはにっこりしてメドウの頬をつつく。


[七度目って、七百年くらい生きてるってこと? あ、時々死んでるのか]

[ほっほう、面白いことを言う。そんな風に言われたことはないぞ]


 マイナムは声を立てて笑った。


[いつも長生きをしたわけでもないから、七百年ではない。とはいえ、人の世に長くいるのは事実だ]

[その全部の記憶があるの?]

[いや、残念なことだが、無い。その生、その生で、後のために書き残しているものを、読み継いで補っているのだ]

[へえ。それで、いっつも同じ坊さんとして転生してるの?]

[さよう]

[その理由は何?]

[理由か。一度の生は、衆生を救うにはあまりに短すぎるということかな]

[ふうん]

[そなたは? なんのために転生した?]

[そんなこと、わからないさあ。前世の記憶があるって、わかり始めたばっかりなのに]


 メドウはぐっとに詰まったが、しばらく考えてから続けた。


[最近のことなんだよな、ぼつぼつ浮かんできたのって。だから、まだわからない。あんたは、赤ん坊のころはどうだったんだ?]


[そうだな。ここではないどこかへ行かねばと思うようになったのが、3歳頃か。その頃に、この寺の者たちが迎えに来たのだ。そなたはまだまだ幼い。リヤンが理解してくれるからとはいえ、記憶の引き出し方の早いことには驚くぞ]

[へえ。俺ってば、やっぱり優秀じゃん]


 へへっ、と自慢げな顔をしつつも、メドウの視線はふらふらとさまよった。


[なあ。ずっと気になってたんだけど]

[なんだ?]

[転生したってことは、死んで生まれ変わったってことだよな、俺?]

[ああ、そう考えるのが妥当だな]


 母のリヤンには正面切って聞けなかったことを、メドウはようやく表に出せた。


[さすが坊さんだ。さらっと言い切るんだな]


 その感想について、マイナムは言葉を返さなかった。

 その目はメドウを見ず、何かに耳をすませている。




「猫が、猫が出たぞう!!」

「マイナムさまぁ!! マイナムさまは何処?!」




 複数の悲鳴のような大声が近づいて来て、それはやがてメドウの耳にも届いた。


「え、え? ここにもおふだとか、はってあるんじゃ?」

「馬鹿者。ここには猫どもを迎え入れる役目もあるのだ。一般の参拝者の立ち入る場所には、猫よけは施してあるがな」

「そうなんだ…」


 何事か考え込んでいたメドウの表情が、ゆっくりとほどけた。






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