格の違い

 だんっ。


 睨みをきかせていた父と、すくみ上った赤子は、座った尻への振動に飛び上がった。


「旦那さまっ!!」


 リヤンが片膝立ちになっていた。


 父親の顔がゆっくりと青ざめる。振動は、彼女が足で床を踏み鳴らしたものであった。


 「ごめんなさい!」

 素早く頭を下げたのはメドウだった。


「そなたではない」

 手を伸ばしてその頭を撫でてから、リヤンは三人をねめ回した。


「マイナムさまのお話の邪魔をいたしましたこと、申し訳ございませぬ。しかしながら、妾にはわからぬゆえ、お教えくださいませ。ただいまのは、三人して念で通じ合っていたということでございましょうか?」


 マイナムは、うんうんと頷きながら含み笑いをしている。


「あ? ああ、うん。坊にはきっぱりと言うてきかせたぞ」


 父親の目が泳いだ。


「旦那さま、ま・さ・か、叱りつけたのではないでしょうね? まだ赤子の身、しかも転生という過酷な荷を負っているのですよ。以後、そのような気遣いはご無用に願います!」


 つい先ほどまで、愛しい男に見惚れていたとは思えない居丈高な物言いに、言われた方も、背を丸めて「はい」と答えるしかない。


[うへえ…俺のせいで、なんか申し訳ない]

[ははは、ええんや。惚れた女は立ててやらんとな]


 思念でさえ、どことなく震えているのも哀れであった。


 しかし、リヤンはたった今の表情が嘘のように、にっこりと花のように微笑んで彼の手をとった。


「しかしながら、旦那さまが心を痛めながら、叱ろうとなさったのもわかっております」

「え?」


 マイナムは笑いをこらえているが、ほかの二人はきょとんとした。


「旦那さまが我が子に会うのも、今日が初めて。念を持って通じ合えるのでしたら、成熟した相手のように扱うのも、無理のないことかもしれませぬ」

「おお、わかってくれるのか」

「はい」


 なるほど、何かあれば〈父上がぁ〉と訴えるのが有効なのも、母が過保護な親馬鹿なのもわかった。だが二人とも、扱いを間違えたら牙をむくこともわかった。使い所には注意しようと決意したメドウである。




「さてさて、話を続けるとしよう」




 頭を下げた三人に向け、マイナムが言った。そして、改めてメドウに向き直る。


「サーラム家が治めるこの地は、神のご加護によって食べ物も豊か、人々は大きな諍いもなく、概ね穏やかに暮らしてきた。王家による締め付けもなく、各地を任された領主同士の揉め事も、久しく起こっておらなんだ。しかしながら、十数年前からか、北の方より、この国を我が物にせんと狙う者どもがおってな」


 メドウは黙って頷く。


「サーラム家からも、遠い砦に兵を送り出さねばならなんだ。そして、それだけでは済まなかった。武力をもっての戦いだけではなく、あやしの力で攻めようとするものまで現れ始めたのだ。魔の手は、各地の領主、大商人などを狙ってきた。サーラム家にも魔の手は伸びた」


「まもの?」


「それらもおる。魔物どもにその考えがあるのか、誰かが後ろで操っておるのか。いずれにせよ、そのままにはしておけぬ。こちらでも、魔を制する者たちが動き始めた。魔道と言うたり、魔術と言うたり、呼び名は定まっておらんが、そういった力をふるう者たちよ」


 メドウのみならず、両親も熱心に聞き入っている。


「隠者として暮らしていた、とある老魔道士も、王家の命ではなく己の考えで動いた。そうして召喚されたのが、ほれ、そこにおるそなたの父だとわかったのだ」


「そうだったのですか」


 潤んだ目で見上げるリヤンに、本人も重々しく頷く。


「まあ、そうとわかるまでに時がかかったがな。召喚の術に不備があったために、そなたの父はこちらから道士を探しに行くしかなかったのだ。そして、その旅に出る前に、そなたができた。それを聞かされたわれも驚いたぞ。そなたそのものが、この世に何らかの影響を及ぼすであろうからな」


「おれ!」


 メドウは右の拳を突き上げた。

 まあ、可愛らしいぷくぷくしたであるのだが。


「おれってば、ゆうしゃだ?!」

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