寺は嫌だ
「あー、感動の対面中失礼するが、色々とぶっちゃけた話も必要であろう」
少年僧、マイナムがいきなりそんなことを言い出した。
メドウを抱き上げたままの父親、呆然として脱力しているメドウ、涙を拭っていた顔を上げてぽかんとするリヤン。
「あおー、あんちゃあー」
「これ、そのように失礼な物言いを」
現実の声を出したメドウの尻をぺちんと叩いたリヤンを「よいよい」となだめて、マイナムはにっこりした。それを見た父親が、不思議そうに首をひねった。
「乳母どのと執事どのを遠ざけたのも、こうなることがわかったからでの。さて、誰に向けて話せばよいかな」
「おえ!」
間髪入れずに叫んだメドウの尻に、再びリヤンの手が伸びかけたが、父親がその手をそっと握って止めた。
「われも、それが一番解り良いと思います」
手を握られたままのリヤンは、頬を染めて嬉しそうにもじもじしている。
それを見たメドウは、けっと嫌そうな顔をして、父親の腕から逃れて床にぺたんと座った。
[詐欺だ。言葉遣いだけじゃなくて、響きまで全然違うじゃん]
[しゃあないやん。言うたら自動翻訳機能なんやから]
「こほん。ともかく、マイナムさまは、この子に向かってお話しください。ええと、名はなんとつけたのだ、リヤン?」
「七つの祝いまでは、
「ははあ、それはまた、呼びにくいな。あーくん、あー坊、あっちゃん?」
「旦那さま、それでは魔除けの意味がございません。呼ぶのでしたら、坊、のままで」
「ああ、それではそうしよう。それと、あれだな。リヤンは坊の言葉がわかるのか? いつからだ?」
「はい。なぜだかここにすとんと落ちてくるのです」
リヤンは自らの胸をすっと撫でて見せた。
「もうじき一つの祝いでございますが、意味を成し始めたのは、さて、この
「ふむ。他の者らには、ただの赤子のばぶばぶに聞こえておるのだろう?」
「そのようでございます」
「やはり、血のなせる技か。われも聞き取れているようだ」
[いや、自動翻訳機能って言ったじゃん!]
「よしよし」
二人に鷹揚に頷き、マイナムは唇を尖らせたメドウに向き直った。
「この場におるものは、そなたの言葉を聞き取れると。良きかな」
両親も、そろってうなずいた。この顔ぶれであれば、メドウの言葉が意味をなすという共通の認識が確立した。
「まずは、順を追って話そう。そなたの生まれた家は、代々この地方の領主たるサーラム家である。そなたの母、サーラム・ドウ・リヤンが、訳あって領主としての務めを担っておる。それは知っておったか?」
「うん」
「ふむ。サーラム家が、リヤンを立てることになった件に関しては、おいおい話すとしよう。われも前世では深く関わったことだしな。まあ、見届けることはできなんだが」
「なんで?」
「マイナムさまは、我が家の大事のときに、お隠れになってしまわれましたものね」
「え、しんだってこと?」
メドウは不審げに、マイナムとリヤンを交互に見た。
「96歳の大往生であったぞ」
そう胸を張るマイナムに代わって、リヤンがメドウに向けて言う。
「この世において普通、いや、普通ではないが、転生とは徳の高いお坊さまがなさるもの。それも、
「へえ」
「生まれ変わった赤子が、すぐに見つかるわけではない。どうもそれらしいと思われる幼子たちが、寺に集められて育てられる。その後、修行の中で見極めがなされるのだ」
「え?」
メドウの顔が歪んだ。
「であるから、そなたが転生者であるらしいと気付いたとき、まずはどこの寺のお坊さまかと考えたのだがな」
「ちょ、まって? それって、おれもてらにいれられたかもしれないってこと?」
あわあわと小さな手を振り回しながら、メドウの声が大きくなった。
リヤンの表情はいたって真面目である。
「そうなったやもしれぬ。ちょうど、チェントク寺のニャットさまがお隠れになられたばかりであったし」
「てらって、てらって、そりゃないよ! こんなとこ、いやだ!」
メドウは人目もはばからず泣き喚いた。
[おいおい、まんま赤ん坊やないかい]
[やかましいや! 猫いじめの世界の、猫いじめの親玉は、絶対に寺なんだ! あんたにそれがわかってんのか?!]
[なんどいや、われ!!]
音量の無い思念でのやり取りにもかかわらず、メドウは頭を殴られたほどの衝撃を覚えた。
いっぺんで泣き止んだ上に、息まで止めたように硬直しているメドウを見て、リヤンは慌てふためいた。
息子を抱き寄せようと伸ばした手を、はっしと止める手。
[父親に向かって、なんちゅう口ききよんねん!]
細すぎる眉の下の細い目が、ぎらりと光ってメドウを睨み据えていた。
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