父上?

 リヤンと二人、少年僧に導かれたメドウは眉を上げたり下げたり、顔を赤くしたり青くしたりと混乱の様相を呈していた。


 この寺が猫の敵であるならば、自分の敵である。

 母であるリヤンがどれだけ信仰していようと、猫を敵扱いするならば認めるわけにはいかない。

 たとえ母に見捨てられようとも…いや、まさか…見捨てるかな?




 やがて、マイナムは一つの扉の前で立ち止まった。


「ちぃうぇー」


 期待に満ちた目を扉に向けながら、リヤンの胸をさわさわ触っているメドウを面白そうに見上げて、マイナムはほんのり笑った。


「われである」


「お入りください」


 くぐもった声がした。 

 マイナムはちらっとリヤンを見て、扉を開けた。




「旦那さま!!」




 一歩踏み込むなりリヤンが走り出したので、がっくんがっくん揺られたメドウは、危うく舌を噛みそうになった。


「旦那さま、お会いしとうございました!」


 次にはいきなりひざまずかれて首が危うくなり、慌ててリヤンの胸元にしがみつく。


「リヤン! 我も会いたかったぞ!」


 低音の美声だ。


 どれ、顔を見ようかと振り返りかけたメドウは、膝をついて抱き合った二人の間に挟まれて「むぐう」と喉の奥で音を立てた。


「おお、旦那さま! お手が、のですね!」

「うむ。心配をかけたな。ようやくこうして、そなたに触れることができる」

「旦那さまぁ」


 いや、はい、息が苦しいんですけど。

 とろけそうな声出してる場合じゃないんですけど。


「これこれ、二親ふたおやが一粒種を潰してどうする」


「あ、マイナムさま、いらしたんでしたね」

「ちっ」


 声かけられて返事しただろが。

 それと母上、舌打ちしたよね?!


 ようやく圧から解放されたメドウは、リヤンの腕から逃れて床に立った。


 家具類のない質素な小部屋に床が延べられていて、男が起き上がっている。

 

「おおっ、もう歩くのか」

「そうなのですよ。本当に、今日までのご不在は長かったこと」

「心配をかけてすまない」


 またもや二人の世界に浸りそうだ。


「ちぃうぇー」


 それを阻止せんと声をかけたメドウは、自分の方に向いた父親の顔を初めて直視した。


「へ?」


 日に焼けているのか、母をはじめとする周囲の人々とさほど違わない肌の色なのは、かえって良い。

 髪の毛がぼさぼさなのは、困難な長旅の直後だからだとしよう。寝ていたようだし。

 それにしては、眉毛が細すぎないか?

 何より、顔がいかつ過ぎないか?

 ていうか、その筋の人ですか、おっさん?!

 しかも、年いくつ? 30超えてんだろ!


「その筋というのは、どのような筋なのかな。まあ、眉についてはわれも同意するが」

 

 メドウの耳元に口を寄せて、マイナムがささやいた。


 驚いて尻餅をついたメドウは、否やという間も無く父親に抱き上げられた。


「坊よ、父だぞ」

「う、うわぁ」


 この際、泣いてやろうかな?

 普通の赤ん坊だったら、泣くとこだよね?


「それはそうであろうが、まあ、やめておけ」


「マイナムさま、もしやこの子の心を読んでおられるのでは?」


 面白そうにメドウを見たマイナムに、リヤンが探るような目を向けた。


「まあな。転生者同士、音など介さずに意思の疎通はできるのでな」

「おおうっ?!」


 抱き上げられたままのメドウは、助けを求めるように、思いっきりマイナムの方に体をひねった。


[なんや、そうやったんかい]


「あえ?!」


[やっぱし、召喚されて来たもんが子ぉ作ったら、普通の生まれ方はせぇへんねんな]

[え、もしかしておっさんがしゃべってるのか? つか、俺の頭、おかしくなった?]

[いや、心配せんかてええ。声に出さんと話しかけてんねん]




 メドウがびっくりしてまじまじと父親の顔を見ると、相手もまたじっと見つめ返す。


 黙ったまま見つめ合う二人には妙な空気が流れていたのだが、無邪気にも感涙にむせぶリヤンだった。

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