お寺は敵か?

 いっそ歩いた方が早かったのではないかという時を経て、牛車はようやくニャムナット寺に到着した。

 例のごとき山が珍しく二つ並んだ間に、屋敷と同じく赤れんが造りの建物が建っている。

 屋敷との違いは、外壁のあちこちに彫刻を施した白い石が挟み込まれているところだろう。


 開かれた門の正面には、大勢の参拝者が集まっており、建物の中には大きな神の像らしきものの胴体が垣間見える。


 門の外まで迎えの若い僧が来ていたが、一行はまず当たり前のように【お供えセット】とでもいうべき花や果物の載った木皿を門前で買い、裸足になって本堂に入っていった。


 フェイに抱かれたメドウは、赤子の特権とばかりに周囲をきょろきょろと見回した。


 老若男女、大変な人出である。

 田畑にそれほど手がかからない時期なのだろうか。

 皆、寺に来たことが嬉しくてたまらないという感じに、晴れやかな笑顔である。


 リヤンを見ると、さぞかし気が急いているだろうに、真剣に拝む構えである。

 メドウは、ほおっと息を吐いた。


 人々はゆっくりと前に進み、ようやくメドウにも神の像がよく見えるところまで来た。




 どこかのアニメキャラが降臨したかのようだった。




 右足と左足を上げた姿は、卍のように見えなくもない。だが、なんせ風船のような乳房が丸出しの女性の姿である。

 木像の腰には布をまとっているように表現されているものの、覗き込んだら大事なところが見えそうである。

 乳房と臀部がありえないほど強調された女神像は、頭上に結い上げた髪型を変え、半眼にした瞳をぱっちり開かせたら、何かのキャラに似ているのではなかろうか。


 メドウはでれっと口を開いた。

 だが。


 ひざまづくフェイの動きによって、視線を下げたメドウは見た。

 女神の裸足の右足が、思いっきり1匹の猫を踏みつけているのを。



 虐げられた猫は、痩せている。目をつむり、訴えるように開いた口から小さな牙が見えている。耳が後ろに向けて下がっているのは、怒っているのではなく、痛がって、怖がっているのだ。


「なぁーんなぁーん!」


 思わず抗議の声をあげたメドウだったが、意図するところは誰にも通じなかったとみえる。


「おやまあ! 坊っちゃまも拝んでいらっしゃるんですね!」

「おお、なんとありがたいことだ」


 フェイとダットが勝手に解釈して感動し、それを聞いた周囲の人々が感心する中、頼みのリヤンは全く気づいてくれなかった。




 どうせ踏みつけるんなら、思いっきり悪そうに魔改造したらいいじゃないか。

 あの比率だと、どこから見ても普通の家猫じゃないか!

 恐ろしい肉食獣というなら、せめても山猫サイズにしてみろや。

 女神像が人間離れしているんだったら、猫だけをとことん写実化した意味がわからん。

 ごめん、女神は人間じゃないけど。

 とにかく、猫をいじめるなぁあ!




 本堂から出て、脇に立つ夫婦銀杏を拝んでから進んで行くと、人影は少なくなってきた。

そのまま奥の方へ進む間、メドウは無言で口をぱくぱくさせて抗議の気持ちを発散させていた。




 どこの彫刻家が、猫いじめて彫ったんだよ。それともいじめさせたのか。絶対見ながら彫っただろう。

 許せねえ。




「なるほど、なるほど」


 いきなりだった。

メドウは、はっしとフェイにしがみついた。



「おや、マイナムさまではありませんか」


 目敏く気付いたリヤンが、いつの間にか並んで歩いていた少年に呼びかけた。


 少年は、僧侶の装束である赤い一枚布を細い体に巻きつけている。年の頃は7、8歳だろうか。


「ちとばかり状況が変わったのでな。伝えに参った」


 声は可愛らしい少年のものだが、物言いはリヤン並みに偉そうである。

 メドウは目を丸くして彼を見た。

 そんな表情をちらりと見やってから、マイナムと呼ばれた少年は一同を止めた。


「乳母どのと執事どのは、このまま引き返して待たれよ。リヤン、まさか赤子を抱いて行けぬとは申さぬだろうな?」


「申しませんが、マイナムさま、我が旦那さまに何か良くないことでも?!」


 リヤンは、顔色を変えて詰め寄った。


「ははは、夫婦の久しぶりの邂逅に水を差すまいと思うたまでよ。ささ、お二方を案内して差し上げなされ」


 迎えの僧は静かに微笑んで、不安げな二人を連れて行ってしまった。

フェイからメドウを受け取ったリヤンは、きゅっと唇を結んで少年について行く。

 その腕に抱かれたメドウは、少年の後ろ頭を睨みつけていた。






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