父上は何処に?
赤子の一日はやたら眠い。しょっちゅう眠気に襲われる。
この日も湯浴みの途中で眠ってしまったらしく、はっと目を開けたら寝台の上だった。
白い蚊帳の向こうに、リヤンらしい人影が髪を梳く後ろ姿がぼんやり見えた。
「あーうぇえ?」
「おお、これから寝ようとしておったのに。起きてしまったのか」
夜着に着替えたリヤンは、笑いながら蚊帳をくぐってきた。
「ああえーあ」
「それはそうだろうな。わらわも胸が張って、張って。どれ」
リヤンは夜着の胸元をはだけた。
赤子の目の前に、大きな乳房が現れる。
血管が青く透けているし、張りすぎて固いし、男心をくすぐるものとは言い難い。
しかしながら、赤子心は鷲掴みである。即座にむしゃぶりついて、んぐんぐと喉を鳴らしてしまう。
ようやく口を離すと、乳房を仕舞ったリヤンが背中をとんとん叩いてくれる。
げふう、と満足しきったげっぷが出た。
「今に始まったことではないが、そのげっぷはなあ。どうにもいただけぬ」
リヤンは苦笑いである。
「そもそも、年はいくつであったのだ? 仕事は何をしておった?」
「…おえ、いーちゃーあゆ?」
メドウと名付けられることが決まったらしい赤子は、この際もうメドウと呼んでいいだろうが、彼女の胸から顔を背けた。
かと言って、抱かれたままなので限界がある。
「…おーゆぅーあーうぇーあ?」
「そなた、
「え? おぅああーいお?」
「若い? 一人目の子を産むには、まあまあの年であろう?」
「おんなぁおーなあ。あんにゅーうあーっ」
「何とな? そのような場所もあるのか…」
言いさしたリヤンは、遠い目をした。
「あーちゃ、ちーうぇーお?」
「うるさい」
リヤンは、冗談めかしてメドウの低い鼻をつまんだ。ほとんど力の入らないその手を振り払って、メドウは言い募る。
「おーおーおーいぇ?」
「うん?」
「あーうぇー、いっお、あぇあおいっちょ」
「う、うん」
リヤンは頬を染め、やたら早口になった。
「屋敷の中だ」
「へ?」
「旦那さまは、湯殿に現れたのだ」
「ゆあぁおおい?」
「ああ」
メドウは、しばしぽかんと口を開けたままでいた。
「…にゃんえ?」
「知るものか。旦那さまも何故か解らぬと申されてな。何者かによって召喚されたことに、間違いはないのだが」
「にゃーあ、おえ」
メドウは、ぱたぱたと手足を動かした。
「え、おーまあおーい、おにょったお」
「馬鹿なことを申すな!」
リヤンはメドウを揺さぶりかけ、さすがにまずいと気がついたらしく、手を止めた。
「知っておろう。湯殿では、体を洗ってくれる侍女が一緒なのだぞ」
「あ」
「わらわは湯浴み着も着ておったし、旦那さまもきちんとした身なりだったわ。まあ、妙なものを持っておられたがな」
リヤンは、思い出そうと目を細めた。
「あれは、ジャーラ、ジャラ何とかといったな。旦那さまの手の中で、ふうっと消えてしまったが」
リヤンと一緒に、なぜかメドウも首を傾げた。
「細く、よくしなる棒の先に、こう、ふんわりしたものがついていて。旦那さまは片膝をついて、どこか低いところに向けて、それを振っておられた。ミイチャンと一声叫んで振り返ったときの、旦那さまの驚いたお顔が」
「にゃあったお!」
メドウは、リヤンの夜着をはっしと掴んだ。
「何?」
勢いに押されて、リヤンは軽くのけぞった。
「みーっちゃ、にゃあいいあってあ!」
「うん? もしや、そなたと旦那さまは、同じ世界に住んでいたということか?」
興奮して唾を飛ばしているメドウに対し、リヤンは恐ろしく静かな声で話しかけた。
あまりにも静かすぎたので、メドウはひくっとしゃっくりのような音を立てて、いっぺんに黙ってしまった。
しばらくの間、二人は目を見合わせて黙っていた。
ややあって、恐る恐る口を開いたのは、メドウだった。
「ちーうぇーいうーゆ?」
「さあ? そなたが良い子にしておれば、来てくださるかな」
「こーおじゃーい、あええ!」
この夜、メドウはかなり頑張った。
それでも、思う通りにならない舌で喋りまくったせいか、やがて眼前に突きつけられた乳房の魅力に屈してしまった。
つまり、おっぱいを飲みながら寝落ちてしまったのだった。
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