第15話 魔法少女 エリゼ

 ドワイトの工房を出た3人は、工房前で次に向かう場所の話を始める。


「さすがに高いだけあって、格好いいなぁドラちゃん」

「うん! 何かお城の騎士様みたいだよ!」


 ワタシとティナに褒められ満更でも無いドラちゃんが、照れを隠すように言葉を発する。


「んんっ、 それでワタシ様。 次はどちらへ?」

「それな! エアルタイトを手に入れて魔法使いもゲット作戦を実行しようかなと思ってな」

「なにそれ?」

「いやっ、ティナが言ったんだろ?」

「何か言ったっけ?」


 ティナは口を一文字に閉じ顎に人差し指を当て、目線だけ上を向きながら「うーーん」と何かを思い出そうとしている。


「伝説の魔導師の子孫だかが居るって言ってなかったか? まさか…… 嘘か?」


 目を見開き少し引きつった顔で問い質すワタシを見て、ティナは「あーーっ」と思い出したように話し出す。


「嘘じゃないよ! エリゼちゃんの事でしょ?」

「いや、 エリゼちゃんって言われてもわからんけど……」

「うぅん…… 大丈夫かなぁ?」

「あぁ? 何がだよ?」

「いやぁ。 エリゼちゃんって結構気難しい子だからさ。 協力してくれるかなぁって思って。 一日中引きこもって魔術書の研究とかしちゃってるような子だからさ」


 頬を掻き苦笑いを浮かべるティナを見て若干不安を覚えるワタシだったが、


「まぁ会ってみない事にはな。 案内しろよ」

「うん! じゃ行こっか! ドラちゃんも良い?」

「もちろんですとも」

 


 旧市街の住宅地へとやってきた3人。

 石造りの民家が立ち並び、石畳の道の脇には白樺の街路樹が植えられた閑静な住宅街といった感じだ。


「あっ、ここ! ここ」


 ティナが指差す建物は、明らかに他の民家とは違う異質な雰囲気を放っている。

 赤茶けたレンガの塀で囲まれたその建物は、他の民家とは違い建物自体もレンガで作られており、外壁を覆う蔦に荒れ放題の庭。

 知らない人が見ると、明らかに人の住んでいない幽霊屋敷のような外観だ。


「本当にこんなとこに人が住んでんのか?」

「うん! ここで1人で暮らしてるはずだけど」


 割と潔癖症な所があるワタシは、その異質な雰囲気を放つ建物に入るのを躊躇っている。


「ちょっと待ってて!」


 ティナがその建物の玄関まで駆け寄り扉の前で、


「エリゼちゃーーーーん。 ティナだよーーーっ!」


 大きな声でティナが叫ぶが返事がない。 ただの空き家のようだ。


「なぁ、帰ろうぜ?」

「もうちょっと待とうよ! お姉ちゃんせっかち過ぎ」


 先程ワタシが服を選んでた時は急かしていたのに、どの口が言うんだと思ったが……

 そんな事を思いつつ、数分程度待っていると、その幽霊屋敷のような建物の扉がゆっくりと開いた。


 ギィィィィィィ……


「…… 何?」


 建付けの悪いその扉から現れたのはティナと同じ歳位の1人の少女だった。


 前髪ぱっつんの少し青みがかった白のロングヘア、ピンっと尖ったエルフ族の耳に、宝石のような薄い緑色の大きな瞳。

 目鼻立ちは整っており、少しタレ目だがティナと同じ歳だとしても大人びた印象を与える。

 肌は病的に青白く、スタイルはワタシには劣るが、出る所と引っ込む所がきちんとしており、ティナの10倍はマシと言えるだろう。


 ただ服装には気を使っていないのか、所々破れた黒のワンピースのみ。


「これか?」

「これって失礼でしょ! エリゼちゃん久しぶり。 今良いかな?」

「………… いいよ……」


 エリゼが招き入れてくれた家の内部は、幾重にも重ねられた大量の本で出来た山がいたる所に存在し、中は薄暗く煤けており天井の端々には蜘蛛の巣が張っているような有様だ。


「あの、手前はここでお待ちしておりますので」

「あっ、ずりーーぞ! 入れよ」

「いえ、 不測の事態が起きては困りますので見張っております」


 その様子に、新品の武具を汚したくないドラちゃんは玄関前で待機を志願する。


 エリゼの自室まで案内されたが、そこにも魔導書の類が並べられ、寝るのも躊躇うような薄汚れたベット、あとは机とホコリだけしかない殺風景な部屋だ。


「…… 適当に座って」

「う…… うん。 片付けちゃまずい?」

「…… いいよ」


 ボソッと言うエリゼの言葉に、ティナが腕まくりをしながら、いそいそと片付けを始めた。

 エリゼはその様子に構う事も無く、机へ向かい魔導書のような本に読みふける。

 ワタシはエリゼに「座って」と言われてから部屋の中を見回したが、ホコリだらけのその部屋に座れそうな場所を見つけられず、本を読むエリゼの後ろで立ちすくんでしまう。


「あっ、お姉ちゃんが用あるみたいだから聞いてあげてーっ」

「…… うん。 なに?」

「あっ、あぁ。 ちょっと手伝ってほしい事があるんだけどさ」


 ワタシに背を向けた状態で、椅子に座り本を読むエリゼに話しかける。


「…… 無理」

「うんうん、それでな! って無理なのかよ。 少しは考えるとかしろよ」

「…… ん? っていうかティナのお姉さんよね?」


 本を読む手を止めたエリゼは、ゆっくりとワタシの方へ振り向く。


「…… 誰?」

「誰って言われてもなぁ、ティナの姉ちゃんだろ?」

「…… 外見は。 中身は?」


 その言葉に、掃除をしていたティナの手がピタリと止まり、ワタシも少し驚いた様子を見せる。


「あっ、あのねエリゼちゃん。 えっと」

「…… 秘術を使ったんだ?」

「あぁ。 わかるのか?」

「うん、分かる。 もしかしてそれ関連?」


 魔法関連の話題と知るや否や、ピクピクと尖った耳を揺らしながら急に早口になり、タレ目がちだった目つきもしゃきっとする。


「まぁそれ関連と言えばそれ関連かな? なぁティナ?」

「ん? 何? お姉ちゃん」

「こいつって信用出来そう? 出来そうなら全部話すけどさ」

「大丈夫だと思う! ねっエリゼちゃん」


 ティナがエリゼにそう問うと、無言のままコクコクと顔を上下させるエリゼ。


 それからエリゼにこれまでの経緯や、シャルと魔王オレとの入れ替わり等を事細かに説明するが、話し終わる頃にはエリゼの表情が元のやる気の無い表情に戻っていく。


「ってな訳だけど。 んでな」

「…… もういい」

「何でだよ。 良くないだろ」

「…… 入れ替わったのは信じる。 でもオレ様と入れ替わるのはあり得ない。 嘘は嫌い」


 そう言うと、再び机に向かい魔導書を読み始めるエリゼの耳は心なしか萎れているように見える。 その姿にティナとワタシは顔を見合わせ、


「ちょっ、ちょっとエリゼちゃん。 本当の事だよ? 私もこの目で見たんだから」

「…… ティナには悪いけど。 あんなおっとりしたティナのお姉さんの秘術をオレ様が食らうなんてあり得ない…… オレ様がどれだけ凄いかティナも分かるでしょ?」


 エリゼのその言葉に、グッサリと胸を抉られるワタシは泣きそうな顔で項垂れる。


「そ…… そりゃ分かるけどさ」

「…… それに」

「それに何?」

「…… どっちにしても、手伝えない。 これ」


 ティナに今まで読んでいた一冊の魔導書を広げて見せ、そこを指差すエリゼ。

 そのページは水で濡れたのだろうか? インクが滲んで途中から読めなくなっているようだ。


「これがどうしたの?」

「…… 今、火炎系の最大魔法を覚えようとしてるんだけど…… この先がわからないの」

「うん、それで?」

「…… これが分かるまで気になって…… 他の事は手に付かないから…… だから無理」

「えぇぇぇぇぇっ」


 ティナとエリゼが交わす会話を、放心状態で聞いていたワタシがやっと我に返る。


「じゃ逆にそれが分かれば手伝ってくれんのか?」

「…… いいよ。 …… でも嘘つきには無理だと思う」

「なっ、このクソガキ」

「ちょっと! お姉ちゃん」


 思わずげんこつをかまそうとするワタシの右腕を咄嗟に抑えるティナ。


「あっ、わりぃ。 全く可愛くねーガキばっかだな」

「ばっかってなによ! それ私の事も入ってんの?」


 ワタシのその言葉にジロリと睨むティナとエリゼ。 その視線を避けるように、机の上に広げられている滲んだ魔導書を手に取るワタシ。


「…… わかんないでしょ?」


 少し薄ら笑いを浮かべながら上目遣いでワタシを見るエリゼと、少し不安そうに小声で「頑張ってお姉ちゃん」と囁くティナ。


「うーーん。 まぁわからなくも無いけど。 ダメだなこりゃ」

「…… だから言ったのに…… 」

「えぇぇ? お姉ちゃんでも無理?」


 ワタシの言葉にがっかりする2人の様子を気に留める事もなく話を続ける。


「そうじゃなくて。 これだとエアルタイトは融解できねーって事。 てかこれ最大魔法じゃ無いしなそもそも」

「えっ? そうな」

「どういう事? それ以上に強力な魔法なんて存在しないはずよ」


 ティナの発言に割り込むように、急に大声を出しながら席を立ちワタシの目を凝視するエリゼ。

 その耳は先程まで萎れていたのが嘘のようにピンと尖っている。


「これ書いたの誰だよ」

「これは家に伝わる魔導書で、先祖って言われてるウィザリスが書いた本よ。 先祖って言ってもまだ生きてるけど……」


 その話を聞いてワタシは「あのジジィか……」と小声で呟きながら話を続ける。


「まぁこれもそこそこ強力ではあるかな! 火炎系単体だと」

「…… 単体だと?」

「あぁ、 まぁ簡単に言うとな」


 そう言うとワタシは机にある紙切れに、サラサラと術式を書いていく。


 その術式は、火炎系の魔法に真空系の魔法を加える事で火力を高めた術式で、いわゆる合成魔法といった物に近いだろう。

 それを見たエリゼは、先程までの様子と一変し瞳をキラキラと輝かせ耳をピクピクとさせている。


「すっ、凄い。 まさか本当に?」

「あっ? 何がだよ?」

「本当にオレ様?」

「だから本当だって言ってんだろ。 ちなみに今はワタシ様だけどな」


 少しバツの悪そうな表情でワタシがエリゼに言うと、エリゼは少し微笑みながら、


「わかった。 ちょっと信じてみる。 手伝ってほしい事って何?」

「おっ、やっとか。 てか火炎系を覚えようってのは話がはえーな。 んじゃさっそくだけどよ」


 ワタシは、エアルタイトを融解するのに必要な火炎系魔法の術式を紙切れに書きながら、あれこれとエリゼと話を続ける。

 話の内容に全く付いていけないティナはその間、エリゼの部屋の掃除を続けていた。

 ティナの掃除が一段落したと同時のタイミングで、エリゼとワタシの話も終える。

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