第13話 ミランテ共和国

 ミランテへ向け移動を開始した馬車をドラちゃんが先導し、馬車内では寛ぐワタシとティナの姿があった。


「しかし、これはちっとまずいなぁ」

「何がよ? 無事にミランテに辿り着けそうじゃない」

「さっきのドラちゃんの手下見たろ?」

「うん、元気に帰って行ってこれから真面目になるって言ってたから良かったじゃん。 てかさすがお姉ちゃんだね! 強すぎでしょ」


 脳天気に笑顔で返答するティナに、ワタシは眉間にシワを寄せながら返答する。


「あのなぁ。 これでもマジでやったんだぞ? なのに、急所に思いっきり攻撃してすぐ回復しちゃうようだとマズいだろ。 これ見ろよ」


 そう言うと、おもむろに上着を脱ぎ上半身だけ下着姿になるワタシ。


「ちょっと、お姉ちゃん何してんのよ。 相変わらずえっちぃ身体だけども…… てか中身はオレ様だし…… あぁぁ、 何か複雑……」

「いや…… そういう事じゃなくて…… この身体、どう見ても戦闘向きじゃないだろ?」

「まっ、まぁそうだね。 お姉ちゃんは元々運動も勉強も出来ないし、すぐ人に騙されるし。 ほっとけない可愛い女の子だもんね」


 何故かうっとりとした表情で、シャルの事を語るティナ。


「あっでもでも! すっごいモテたんだからね? だから悪い虫がつかないように私が必死に守ってきたんだからさ」


 1人で悶々としながら両手で顔を抑え頬を赤らめ語るティナを、若干引いた目で見るワタシ。


「いや…… まぁいいか。 とりあえずちょっとでも戦えるようにしないとなぁ」


 いそいそと上着を着直すと、はぁぁぁっと深い溜息をつきながら頬杖を付き、不機嫌そうな表情で馬車の窓から外を見るワタシに寄り添うようにティナがくっつく。

 そんな2人を載せた馬車は、ミランテ共和国へと向かって夜通し進んでいく。

 


「ワタシ様。 もうすぐミランテへ着きますぞ」


 アリーシャ帝国からミランテ共和国への道中で襲いかかってきたリザードマン、ドラちゃんの警護により無事にミランテ共和国が目前に差し掛かってきた。


「おっ。 ご苦労さん! 疲れてないか?」

「問題ありません。 ただ手前はここでお暇しようかと思います」

「あぁ? 何でだよ?」

「いえ、ミランテは人間が多く住んでおりますので。 手前のような風貌の者が街に入りますと要らぬ誤解を生む恐れもありますので」


 少し気不味そうに言うドラちゃん。


「そうなのか?」

「うぅん。 たしかにリザードマン種の人ってミランテじゃあんまり見た事無いかなぁ」

「なるほどな! まぁでも大丈夫だろ。 リザードマンとか人間とか、そんな些細な事は気にすんな! なっ?」


 ワタシがドラちゃんの肩をポンポンと叩きながらそう言うと、ドラちゃんはその一つしか無い目に少し涙を浮かべ、


「あっ、ありがとうございます。 さ、さすが勇者殿ですな」


 なにやら感動している様子だ。



 3人はミランテ共和国の旧市街へと、足を踏み入れる。

 ミランテは経済大国としての地位を確立しているだけあって、その街並みの中心部は都会的な印象ではあるが、旧市街は昔ながらの城下町といった石造りの建物が多く残っている。


「ティナ。 俺はさっそく大統領に会いに行ってくるからお前はお留守番な」

「なっ、私も行くわよ!」

「はぁ? さすがにドラちゃんは連れてけないだろ。 だから一緒に居てやれ。 なっ?」


 ティナにそう告げると、アリーシャ帝国からの親書を受け取る。


「ティナ殿。 申し訳無い」

「いやいや。 気にしないでよドラちゃん! とりあえず私の家に行こっか?」

「よろしいので?」

「うん! 家って言っても私とお姉ちゃんの2人暮らしだからさ! 遠慮しないで。 お姉ちゃんも終わったら家まで帰ってきてよ? 場所わかる?」

「あぁ。 場所は分からんけど」

「もぉ……」


 ブツブツ小言を言うティナが書いてくれた自宅までの地図を受け取り、旧市街入り口でティナとドラちゃんと別れたワタシは、足早に大統領府へと赴く事にした。


 道中、様々な人から声を掛けられる。


「シャル! 元気だった?」

「シャルさん。 何してたんです?」

「あぁシャル姉ちゃんだぁ」

「あら? シャルじゃない? 何その格好? コスプレ?」


 等など、外見上はシャルなので道行く人が声を掛けてくるが、聞いてないふりをして颯爽と無視をする軍服姿のワタシ。


「あいつも人気者だったんだなぁ。 今頃どうしてることやら……」


 ミランテ共和国でのシャルの人気を実感しつつ、ワタシは大統領府の前に到着した。

 ミランテ共和国の大統領府は、その全てが大理石で作られておりアリーシャ帝国の王城には劣るが、その建物自体は壮観と言えるだろう。

 謁見の間へ続く通路は真紅の絨毯が敷き詰められ、通路を挟むように薔薇色の大理石柱が並べられている。

 ワタシが大統領府へと足を踏み入れると、警備員と思わしき軍人に足止めされる。


「何用ですか? 見た所、我が国の将校の服を着ておられますが貴女のような方は見た事ありません」

「まぁ…… 無いだろうな」


 ワタシは、濃いえんじ色の軍服に少将の階級章をつけている。

 事によっては、捕らえられ死罪を言い渡される可能性もあるだろう。

 その服装を怪しんだ警備員複数名に囲まれたワタシは「やれやれ」と呟いている。


「お待ちなさい。 その者は怪しいものではありませんよ? 皆も聞いたでしょう。 勇者ワタシの話は」


 ワタシを囲む警備員達を制すように、声を掛ける女性の声。

 艷やかな長い黒髪から覗く獣耳に濃いえんじ色の軍服姿の亜人の女性。

 目鼻がはっきりとした美人だが、その目つきは鋭く一見すると厳しそうな印象だ。


「こっ、これは大統領閣下」

「その方が勇者ワタシです。 さっ、勇者様、 遠慮せずにこちらへ」

「あっ? あぁ」


 大統領のその声に、ワタシを取り囲んでいた警備員達はサッと包囲を解き道を譲る。

 ミランテの大統領と言われたその黒髪の亜人の女性は、薔薇色の大理石柱が並ぶ通路を無言で進んでいき、ワタシもその後に続く。

 謁見の間を過ぎ、大統領執務室へと到着すると彼女はワタシを中へ招き入れる。


 室内中央には、ミランテの紋章が刻まれた重厚な黒檀の大きな執務机があり、その手前には革張りの大きなソファーが並べられ真ん中には水晶の一枚板で出来た大きなテーブルがある。


「座ってください。 シャル」

「えっ? あっ、 あぁ」


 大統領に言われ、席につくワタシ。 その向かい側に大統領が座る。


「帰国したという事は…… 失敗したのですね? 魔王オレ様も復活したと聞きましたし」

「なっ、なぁ? 俺はシャルじゃないぞ?」

「えっ? どういう事です?」


 少し身構える大統領に、アリーシャ帝国の謁見の間で起った出来事を事細かに説明した。

 もちろん、ワタシがシャルの姿の魔王オレであるという事も全て。


「な…… なんという事でしょう。 まさかそんな事に……」

「まぁ今更言っても仕方ねーけどな。 てかお前の名前は?」

「えっ? えぇ。 私はミランテ共和国大統領のリアレス・シフォンですが」


 自己紹介するリアレスを見たワタシはニヤッと笑うと、身を乗り出して再び問いかける。


「そうじゃなくて。 人間の時の名前だよ。 お前も入れ替わったんだろ? その亜人と」

「なっ? 何故それを?」

「やっぱりか。 まぁおかしいと思ったんだよな! ミランテが経済大国になって官僚連中を全員人間にしたのも不自然だし」

「…………」


 ワタシの言葉に押し黙るリアレスだったが、決心したように重い口を開く。


「魔王、いえ、神オレ様には本当の事を言います。 私の本当の名前はワィゼル・タチアナ・エメリア。 シャルとティナの母親です」

「マジか? そこまでは予想してなかったなぁ……」


 亜人なのに、人間の秘術の事を知っていたり前述した人間を重用したりという点で、元々人間だろうなとは思っていたが、まさかシャル達の母親だったとは。


「あの…… この事はシャルにもティナにも内密に……」

「あっ? あぁもちろんだ。 てか忘れてたけどこれな」


 話を誤魔化すようにアリーシャからの親書を手渡すワタシ。


「ありがとうございます。 オレ様はこれからどうするおつもりですか?」

「それな。 てかオレじゃなくてさ、今はワタシって呼ばれてるからそれで頼む」

「……っ。 失礼しました」

「あぁ。 とりあえずシャル、魔王オレを見つけないとなぁって感じかな。 その前に魔王城にも行かないといけないし……」


 シャルを見つけてから一緒に、という事も考えたワタシだが勇者と魔王が一緒に居る時間は出来る限り短いほうが良いだろう。

 そう考えたワタシは、シャルと出会う前に全ての準備を整えておこうと決めていた。


「それでな? 申し訳ないけど資金援助とかそういうのお願い出来るかな?」

「もちろんです。 他にも何かあれば遠慮無く言ってくださいね?」

「あぁ。 すまんな」


 リアレスとワタシはその後、1時間近く今後について話し合う事に。

 当面の目的は、魔王城攻略になりそうだ。 と言っても自宅の事なのだが……


 話が終わり、席を立つワタシにリアレスが声を掛ける。


「あの…… 一つお願いが」

「あぁ? なんだ? っと」


 返答しようとするワタシを、急に抱きしめるリアレス。


「ごめんねシャル。 こんなお母さんを許してね…… ごめんね……」


 いきなりの出来事に少し戸惑ったワタシだったが、涙ながらに謝罪をするリアレスをワタシはそっと抱きしめ、


「謝らなくても良いからさ。 ちゃんとシャルを取り戻してからお帰りって言ってやれよ」

「……っ。 はい。 ありがとうございます。 オレ様……」


 そう言葉を交わすと、ワタシはリアレスから離れ、後ろ手を振ってその場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る