第12話 ドラちゃん

 勇者ワタシになって2日目。


 ワタシとティナは、国王が用意したあの高級ホテルへと宿泊していた。

 昨日はあれから怒涛のように皆が走り回り、世界に向けて魔王オレの復活や勇者ワタシの誕生を発表する事となった。


 魔王オレの復活により世界中の人類は絶望を抱くと予測されたが、

【勇者ワタシを見て、魔王オレが謝りながら逃げ出した】

 という事実が同時に世界中に広がった事により、一躍世界から希望の星として注目の的になってしまったワタシ。


 元勇者様御一行は、そのままアリーシャ帝国に留まる事となり、ワタシとティナの2人パーティーは打倒魔王オレに向けて動き出す羽目になってしまった。

 当初の目的は、ただただ平穏な日常という一点だったのに世界中の希望を背負い、目的がどんどんと遠ざかっていくのを感じ少し落ち込んでいるワタシ。


「ねぇ、 ねぇってば! お姉ちゃーーん」

「何だよ? てかそのお姉ちゃんってのやめろよ」

「仕方ないでしょ。 見た目はお姉ちゃんだし、今更何て呼べば良いかもわかんないし……」


 ワタシとティナは、昨夜から話を続け少し寝不足気味の状態だ。


「ってか今後どうするつもり?」

「どうするって、まずはシャルを見つけないとなぁ。 見つけてからも問題は山積みだけど」


 ワタシは昨日のある瞬間まで、魔王オレとして地上で最強の生き物であった。

 それが、昨日のある瞬間から、勇者ワタシとして最弱に近い生き物に変わる。


 当然、魔法も使えなければ体力も膂力も無い、只の女の子になってしまったのだ。


「ねぇねぇ。 お姉ちゃん。 ちゃんと元に戻る方法はあるんだよね?」

「無くは無い。 人類が魔王城って呼んでる俺の城に戻れば魔導書なんかもあるだろうし、元に戻る事は不可能じゃないけど……」

「けど…… 何よ?」

「まず人間の俺とティナじゃ城まで辿り着けないだろうな。 着いても施錠の魔法を解除出来ない。 解除出来ても城の魔物に勝てない。 勝てても……」

「あぁぁもう良いわよっ! 要するに今は無理って事ね?」


 コンコンコン…… 「ワタシ様? 居ますかー?」


 問題が山積み過ぎて目眩がするワタシとシャルが居る部屋をノックする音が聞こえてくる。


「ティナ、出て」

「えぇ? まぁ良いけど、 はーーーい、今開けまーーすっ」


 ティナが扉の前まで行くと、チェーンロックをしたままカチャリと解錠し、覗き込むように少しだけ扉を開ける。


「あっ、 ティナさん。 僕です僕。 レイテです」

「あぁ。 大将軍さん。 今開けますね!」


 チェーンロックも解錠し、レイテを部屋に招き入れる。


「ワタシ様。 今よろしいですか?」

「何ぃ? 手短にぃ」


 疲れもあるのか素っ気ない態度で返事をするワタシにレイテは苦笑いを浮かべながら、


「あははっ、あの。 ミランテにお帰りになる際に、こちらの親書を届けてほしいなって思いまして。 よろしかったです?」

「内容は?」

「もちろんミランテとの平和条約と友好条約の打診。 それにこちらから資金援助をするようにとの事ですが……」


 昨日までは、ミランテから資金を徴収しようとしていたアリーシャ帝国が、掌を返すように逆に資金援助を申し出る。


「そっか。 じゃティナに渡しといてぇ。 って」

「へっ?」


 気怠い感じで対応していたワタシがハッと目を見開きレイテを凝視する。


「ティナ! 居たわコイツが! コイツに行ってきて貰おうぜ?」

「行ってきて貰うってどこによ?」

「魔王城に決まってんだろ」

「確かに! 何回も行ってるんだよね? ねっ?」


 勝手に話を進めるワタシとティナの言葉を聞いたレイテの顔は、みるみる内に青ざめ冷や汗をかいている。

 レイテは全力で左右にブンブンと首を振ると、


「ぜぜ…… 絶対に嫌ですよ!! 行きません。 行けませんよ!!」

「はぁ? 何でだよ」

「だだ、だって魔王オレが居たらどうするんですか? 絶対に嫌です。 それに一応大将軍なので…… 他の事なら何でもしますよ? ねっねっ? だから勘弁してくださいぃぃ」


 土下座しながら、スリスリと両手を擦り合わせ半泣きで懇願するレイテ。

 ワタシにとってはレイテのその情けない姿は見慣れたものだが、初見のティナはドン引きしているようだ。


「ちっ。 まぁ今すぐって話でも無いしな。 仕方ねぇか。 とりあえずミランテまでは送ってってくれよ?」

「はいぃぃ! おまかせください」


 ワタシの気が変わらない内に、そそくさと部屋を後にするレイテを見送るティナとワタシ。


「あれで人類最強なんだから人って分からんもんだよなぁ……」

「そっ、そうね。 さすがにお姉ちゃんでも勝てない?」

「まぁ、今の身体だとあんなのでもまともに戦えば勝ち目は無いだろうなぁ。 なぁ?」

「えっ? 何?」

「ミランテには魔法使いとか亜人の類は居ねーのか? 知り合いとかでも」

「1人凄い子が居るわよ! あの伝説の大魔導師ウィザリスの子孫がっ」


 ウィザリス…… 元勇者様御一行に居たジジィか。

 そんなのでも、居ないよりはマシかなとワタシは思ったようだ。

 人間2人パーティーでは、さすがにお先真っ暗だと思ったのだろうか。

 そんなこんなで、翌日2人は親書を携えミランテ共和国へと帰国する。


 翌日は雲一つ無い快晴に恵まれ、絶好の旅立ち日よりとなった。


 ミランテ共和国への旅路は、人の足では3日程度かかる道のりだが、元勇者で大将軍のレイテが手配してくれた馬車のおかげで、およそ1日あれば到着する見込み。

 アリーシャ帝国の市街を出る時は、国王を始めとした国の要職に就く者達はもちろんの事、国民総出で見送りをしてくれた。

 さながら、勇者様御一行が魔王オレを倒して凱旋した数日前のパレードのようであった。


「はぁぁ。 やれやれだな」

「ちょっとお姉ちゃん! 溜息ばっかだと幸せ逃げちゃうよ?」


 ガタガタと揺れる馬車内で、深い溜息をつくワタシにティナが苦言を呈す。


「お前なぁ、俺はすでに史上最大の不幸に見舞われたばかりだってーのっ」

「もぉ。 過ぎた事は仕方ないでしょ! それに魔王お姉ちゃんを見つけない事にはさっ」

「魔王お姉ちゃんってなんだよ。 しかし我ながら、ちょっぱやな脚力だったなぁ…… あいつがどこ行ったかわかんねぇのかよ?」

「分かるわけないでしょ…… ミランテからアリーシャまで3日の道のりを1ヶ月近くかけて辿り着くような方向音痴だよ? まぁ無事なのは間違いないだろうけど」

「まぁ自分で言うのもなんだけど。 何をしても死なんからなアレは……」


 ワタシとティナは、魔王オレの身体を乗っ取って、風のように颯爽と去っていったシャルの行方について、あれこれ議論を交わしていた。


 ミランテまでの道中、小さな集落に立ち寄り食事を済ませると、徐々に人通りの無い道へと差し掛かる。


「止まれっ!」


 突然、道の脇から大きな声とガサガサと物音がし、馬車が止まる。

 レイテが手配してくれた馬車は運転手のみで、護衛は1人も居ない。


「いやぁ。 勇者様より強い人なんて居ませんし。 護衛なんて意味ないですよね」


 などと舐めた発言をしていた元勇者レイテのおかげで、山賊の類に狙われたのだろう。


 ワタシが馬車の戸をゆっくり開けると、そこには右目を刀傷で潰された隻眼のリザードマンがトライデントをこちらに向け立っている。

 他には亜人種や人間と思わしき、見るからにならず者だなぁといった風貌のロングソードを持ったモブキャラが2人居る。


「おい、見ろよ? 女が2人居るぜ? どっちも上玉じゃねーか」

「おぉよ。 1人は寸胴だから売っても安そうだけど、もう1人はグッドなスタイルじゃねーか」


 こちらをイヤらしい目で舐め回すように見ながら、ならず者AとBは笑みを浮かべ話している。


「なっ! なんですってぇぇぇ! 誰が寸胴よ!!」


 寸胴という自覚があるのか、ティナがその言葉に怒りをあらわにする。


「おい、やめとけよ。 さすがにティナじゃアレには勝てないだろ?」

「だって! きぃぃぃ! お姉ちゃん! やっつけてよ!」

「はぁぁ。 はいはぃ……」


 ティナに促されたワタシは、レイピアを片手にゆっくりと馬車を降りる。


「ほぅ? 女。 やる気か? 大人しくしていれば痛い目を見ずに済むものを」


 ならず者AとBの後ろに控える親玉リザードマンが、ワタシに言う。


「へっへっへ。 アニキ、こいつは上玉ですぜぇ」

「あっしらが相手してやっても良いですか?」

「フッ。 好きにしろ。 ただし売り物だ。 傷はつけるなよ?」

「分かってますって。 へへへ」


 リザードマンとならず者達は、ワタシを見ながら下品な笑みを浮かべ会話をしている。


 そんな彼らにゆっくりと近づいたワタシはまず、ならず者Aに襲いかかる。


 ドカッ……


「ぐえっ……」


 こちらに意識を向けていない無防備のならず者Aの股間を、革靴のトゥキックで思い切り蹴り上げると、泡を吹きながらその場に崩れ落ちるならず者A。


「てっ、てめぇ何しやがっ。 ぐはっ……」


 崩れ落ちたAを見て直ぐにワタシの方を向くBの喉笛を、レイピアの鞘で思い切り突く。

 一瞬の出来事で、ならず者AとBは悶絶しながらピクピクとその場に倒れている。


「はぁぁ。 でっ? お前もやるの?」


 ワタシは溜息混じりにレイピアの鞘を抜き捨て、フラーの部分で右肩をポンポンと叩きながら親玉であるリザードマンへ問いかける。


「ふっふっふ。 やるな娘。 だがこんな雑魚共と一緒にされては……っ」


 前振りのセリフを喋るリザードマンの懐へ潜るように素早く移動したワタシは、残された左目へ抜身のレイピアの切っ先を寸止めする。


「こっ、この!!」


 驚いたリザードマンは、素早く頭を後ろへ引くと同時にトライデントを振り回す。

 ワタシはその大振りされたトライデントをしゃがんで交わし少し距離を取ると、レイピアの切っ先をリザードマンへと向け対峙する。


「きっ、貴様何者だ? ただの女ではないな?」


 不意打ち臭いとはいえ、只の女の子の姿のワタシに先手を取られ少し動揺しているリザードマン。


「俺か? 俺はだなぁ…… うーーん」


 何者か?という問いに言葉を濁すワタシ。

 実際、自分が何者か…… 自分でもよく分かっていないところもあるのだろうか?


「こらぁぁ! お姉ちゃんはねぇ! あっ、お姉ちゃんじゃなくて…… よいしょっと」


 緊迫の場面にティナが割って入ろうと馬車から飛び出してきた。


「こっ、この御方をどなたと心得るーー! 恐れ多くも勇者ワタシ様であるぞーー」


 ティナは突然馬車から飛び出してきたと思いきや、どこかで聞いた事のある台詞を口にする。


「おっ、おいおい、 何言い出すんだよ」

「だ、だってぇ」


 ワタシとティナがヒソヒソと話を交わしていると、ガシャーンとトライデントを投げる音が聞こえる。


 ふとリザードマンへと視線を向ける2人。


「し、失礼致しました。 まさか勇者ワタシ様だったとは……」


 槍を捨て片膝をつき頭を下げるリザードマンにワタシは、


「あっ、いやぁ。 まぁ気にすんなよ。 分かってくれれば良いんだからさ」


 実際、ワタシがリザードマンの目を潰さなかったのには訳がある。

 戦闘の知識や経験は、恐らくこの世界でぶっちぎりの一番であろうワタシだが、膂力はシャルのままだ。

 つまり普通の女の子がレイピアで攻撃した所で、このリザードマンにはダメージは与えられないだろう。 それがたとえ、むき出しの眼球であってもだ。


「さっ、さすが勇者ワタシ様。 懐も広くこのドラグノフ、感服いたしました」

「おっ、おぅ。 まぁとりあえず立てよ」

「ははっ」


 ドラグノフと名乗るこのリザードマン。 身の丈は2メルジュ(1メルジュ=1メートル)はあろう筋骨隆々の外見だ。

 少しサビついた鋼鉄の胸当てに使い古されたトライデントを携えた、仲間にしたらちょっと便利そうだなといった風貌の彼にティナが声を掛ける。


「ねぇねぇ? ドラちゃん!」

「どっ、どらちゃん? 貴殿は?」

「あっ、私はこの勇者の妹のクリスティナ。 ティナって呼んで!」

「妹君でいらっしゃいました。 失礼致しました」

「いやいや。 てかドラちゃん強そうだしさ。 私達をミランテまで送ってって欲しいんだけどだめかな? 良いよね? ねっ?」


 勝手に話を進めるティナ。


 以前であれば反対するワタシだが、今回少し戦闘しただけで正直ヘトヘトなのを痛感したワタシは、


「俺からも頼むよ! なぁ? そこでノビてる仲間は連れてけないけどさ。 そいつらにはこれやっといてよ」


 懐から金貨が入った革袋を取り出し、それをドラちゃんに投げ渡す。


「よっ、よろしいので?」

「あぁ。 そのかわりお前はミランテまで来い! 良いな?」

「わかりました。 オイっ」


 ドラちゃんはノビているならず者AとBを起こし、事情を説明すると共にワタシから受け取った金貨を渡している。


「だ、旦那方。 ありがとうごぜーます」

「これからは真っ当に生きていきます」


 ペコペコと頭を下げその場を去っていくならず者AとBを笑顔で見送るワタシとティナ。

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