第10.5話 【リムリム】と【リアンナ】

 翌日。

 昨日から続く曇天模様の中、街を行き交う人々は仕事や観光等、目的は様々ながら活気に満ちている。


 シャルは、改めて勇者レイテを呼び出し国王との謁見の約束と取り付ける。

 親書が手元にある今、早めに謁見を済ませてしまおうというオレの提案にシャルとティナが同意した為だ。

 国王との謁見が3日後に決定し、宿の部屋で3人は改めて国王に会った時の段取りについて話す事にした。


「ところで、シャルとティナは秘術については何か聞いてるのか?」

「何でそんな事アンタに言わなきゃなんないのよ!」

「こ、こらっ、ティナってば」


 オレには名前で呼ぶようにキツく言うティナだが、オレの事はアンタ呼ばわりのようだ。


「はぁ。 何でって確実に国王に秘術をかけなきゃならんだろうが。 その為の協力はいらんのか?」

「そっ…… そりゃそうだけどさ」


 少し不満気に呟くティナ。


「えとえと、 これ見てください」


 シャルはそう言うと、おもむろに首に掛けてるペンダントの鎖を引いた。

 すると、その大きな胸の谷間から青い宝石が顔を覗かせる。


「ちょっと! イヤラシイ目でお姉ちゃんの胸を見るんじゃないわよっ!」

「見てねーよ!」


 どうやらティナは姉であるシャルの前だと、強気になるようだ。

 その光景を横目にシャルは「まぁまぁ」と宥めながら、言葉を続ける。


「この青い宝石は大統領に頂いたんですけど。 これを握って相手と目を合わせながら【リムリム・リアンナ】って言葉を大声で叫ぶって聞いてます」

「そうなんだ? 私は使えないから知らなかったけど。 てかリムリムとリアンナっておとぎ話の主人公の名前じゃない? 何でそんな変な呪文なんだろ?」

「まぁティナには使えんだろうなぁ」

「ちょっと! どういう意味よ!」


 うっかり本音を呟いたオレをジロッと睨むティナ。


「っていうかおとぎ話の主人公の名前なのか?」

「おとぎ話って言っても千年も昔の話だし、そんな有名なお話じゃないけど。 ねっお姉ちゃん」

「そぉだっけ? ごめんティナ。 読んだ記憶が…… えへへっ」


 他愛も無い会話を交わしながら、オレは記憶の糸を辿るように考えを巡らせる。

 およそ千年前にオレが人間に異能を授けた時期に読んでた本の登場人物が、たしかそんな名前だったかなぁと。

 そんな適当な呪文だったっけ?等と思いつつも、


「まぁ、そんな簡単な術だったらまず失敗はしないだろ? ちなみに術を使うと、どうなるか分かるか?」

「…………」


 オレの問いかけに無言で顔を見合わせるシャルとティナ。


「そんなのも知らんのか。 うぅん、どうすっかなぁ」


 若干言うのを躊躇うオレに、ティナが食い気味に言葉を発する。


「ちょっと! そこまで言ったら最後まで言いなさいよね!」

「まぁ良いか。 あのな? 術を使うと相手と自分の肉体が入れ替わんだよ。 つまりシャルが国王になって、国王がシャルになるって事だな」

「はぁぁぁ? そんなのダメに決まってんじゃん! 絶対にダメ!」


 術の内容に知ったティナは憤慨し猛烈に反対するが、シャルは沈痛な表情で口を開く。


「やっぱり…… 何となく予想は出来てたけど。 でも仕方ないよねっ」

「お姉ちゃん…… ってか何でそんな事アンタが知ってんのよ? それ本当の事なの?」

「あぁ? まぁ一応魔法使いだからなぁ。 本当は黙ってても良かったんだけど、それだとあまりにも気の毒だからな」

「それは…… あのっ…… えっと……」


 シャルが何か言いたげな表情で視線をオレに向ける。


「とにかく。 王との謁見は3日後だろ?」

「はぃ……」

「じゃ、3日後にまたここに来てやるよ。 それまで2人でよく考えな」


 オレは懐の革袋から金貨をゴソっと取り出しテーブルに置く。


「これは好きに使え。 どうしても無理だと思ったら、それ持って国へ帰るんだな」


 そう言い残すと、オレはシャルとティナを残し部屋を後にしてしまった。


 部屋に取り残されたシャルとティナは無言のまま佇んでいる。

 その雰囲気に耐えかねたシャルが、ゆっくりと口を開く。


「ねっ、ねぇ? ティナはお姉ちゃんが国王様になっても…… 良いかな?」

「良い訳ないよ…… でも……」

「でも?」

「でもお姉ちゃんが決めた事なら…… 私は応援する……。 嫌だけど…… 死んじゃうわけじゃないもんね?」

「ティナ……」


「うわぁぁぁぁ」


 シャルとティナは号泣し、嗚咽しながらギュッと抱擁を交わす。


 オレはその声を、部屋のドアの外から聞いていたようだ。

 3日後にここに2人が居なければ、何か別な策を考えるしか無いか。

 そんな考えがオレの脳裏によぎる。


「やっぱ人に頼らず自分で何とかするべきだったかなぁ。 まぁ今更言っても仕方ねーか」


 考えが思わず口に出てしまうオレは、ガシガシと頭を掻きながら人混みの中へと消えていった。

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