第10話 出涸らしの女
レイテとの待ち合わせから数時間。
日も暮れ夜になった街は酒や娯楽を求める人出で賑わい、昼間とは違う顔を見せている。
何とかレイテとの約束を取り付けたシャルは、喜び勇んでオレの元へと報告にやってきた。
「やりました! オーレさん」
「ヤッたのか?」
「そっちのヤッたじゃないです! 怒りますよ!? そうじゃなくて、何とか国王様と会えそうですよ」
少しむくれ顔のシャルだったが、当初の目的である国王との謁見が目前に迫り興奮している様子だ。
「んで? ただ会うってだけじゃないだろ? 何か条件とか出されなかったか?」
「あっそうそう! しんしょがあればえっけん出来る?って言ってましたよ?」
「親書か…… なぁ、ちょっと聞いて良いか?」
「えっ? なんです?」
「お前って誰に言われて、この国に来たんだ? そもそも、国王に会うのだって誰かの入れ知恵だろ?」
シャルは一見どこにでも居る普通の町娘のような思考をしているようにオレは感じていた。
そのため、国王に会って秘術をかけるという事を自主的にしようとは思えない。
「えっ? うーーん。 まぁオーレさんなら良いかなぁ……」
少し考える素振りを見せ、ボソボソと呟くように独り言を言うシャル。
「実はですね! ミランテの大統領に言われたんですよ! 貴女には特別な力がある。 だから戦争にならないように秘術をって」
ミランテ共和国は要職に就く者達が人間なのはシャルに聞いたが、大統領は確か亜人のはずだ。 なぜ亜人が秘術の事を知っているのかも疑問だが……
「なるほどな。 じゃ親書の件は事後承諾でも構わんだろ?」
「えっ? うーーん。 多分大丈夫だと……」
「じゃ親書は俺が準備してやるよ。 行くぞ! 善は急げだろ?」
「はっ、はい!!」
オレが用意するといったミランテ共和国からの親書は、あの煤けた古道具屋に頼むつもりだろう。
少々、値は張るだろうがシャルがアリーシャ帝国の王と謁見し、入れ替わりを行えば平穏な日が訪れるだろうから、その代償と考えれば安いものだ。
オレはそう考え、2人はさっそくあの古道具屋へと出向く事に。
カランカラーン……
煤けた古道具屋の、今にも壊れそうな木戸を開けると来客を告げる鐘が鳴り、そこにはいつもの胡散臭いオヤジと帯青茶褐色の旅人のマントを羽織った1人の少女の姿が見える。
その子はシャルより少しだけ小さな背丈だが、シャルと同じ薄ピンク色のシルク糸のような髪の毛をサイドアップに結んでいる。
幼い感じはどことなくシャルに似て可愛くはあるが、半月目の三白眼で八重歯がキラリと光るその顔は、何となく性格がキツそうな印象を与える。
「ほっほっほ。 そろそろ来る頃だと思っとったわぃ」
道具屋のオヤジがそう言うと、旅人のマントを羽織った少女がシャルへ駆け寄る。
「おっ、お姉ちゃんっ!!」
少女はシャルを見るや否や軍服姿のシャルの胸へ飛び込み、その大きな胸に頬ずりしている。
「えっ? ティナ? ティナなのっ?」
「はぁぁぁ、お姉ちゃんだぁ。 うふふふっ」
シャルの胸にうずくまる少女はどうやらシャルの妹のようだが…… このような怪しげな店に何用だろうか?
少し疑問の眼差しを向けているオレの姿に気付いたティナは、シャルから離れ無言のままオレの前へやってきて人差し指でオレの胸元を突きながら、
「ちょっと! アンタお姉ちゃんに変な事してないでしょうね?」
「はぁ? 何だこのガキは?」
「ガキじゃないわよっ! ティナって聞こえたでしょ? バカじゃないの? 耳無いのっ?」
急にエラい剣幕でキーキーと甲高い声で叫ぶティナに少し威圧されるオレは耳を両手で塞ぎながらシャルへ、
「おい、 このガキをどうにかしろっ! お前のだろ?」
「ちょーーっと!! お姉ちゃんに向かってお前って何よお前って!」
「わっわっ、ごめんなさいオーレさん。 こらっ!ティナ! オーレさんに謝って」
「ふんっ!」
いつもは静かな古道具屋が賑やかになり、店主のオヤジはそれをにこやかな表情で眺めている。
シャルがティナをなだめ、オレとの出会いや世話になった経緯を説明している間、オレは店主と話し始める。
「ってな訳で、大急ぎで親書を作ってほしいんだけど出来るか?」
「ふぅむ。 出来ん事は無いが高いぞ?」
「高いって幾らだよ?」
「ずばり200万シェルじゃな」
「いや、高すぎだろ! まけろよ」
オレの所持金を考えると払えない事も無いが、いくら何でも法外だ。
「何言っとる。そんな物騒な代物を偽造して、万が一バレたら終わりじゃろうがっ」
「チッ……」
不満そうに舌打ちするオレだが、下手すると戦争の火種になりかねない代物が200万というのは、ある意味で破格とも言えるかもしれない。
「仕方ねーな」
オレはそう言い、懐から金の入った革袋を取り出そうとすると、
「ほっほっ。 運がええの?」
「あぁ? 何がだよ?」
「そこのティナちゃん……と言ったか? その子がお前さん方に持ってきた手土産じゃ。ホレッ」
オヤジがオレへと手渡した代物。
ミランテ共和国の紋章が刻まれた真鍮の筒で、その先端は厳重に密閉されている。
それは紛れもない本物のミランテ共和国の大統領からの親書であった。
「あっ? 何でこんなもんが」
「そのティナちゃんって子が姉に渡す為にわざわざミランテから持ってきたようでの。 お前さん方を探しとったみたいじゃから、ここで待つように言ったんじゃよ」
キーキー煩いだけのガキかと思っていたティナが、予想以上に使えた事にオレは満足気だ。
丁度、シャルとティナが話を終え、2人はオレ達が居るカウンターの方へとやってくる。
「アンタねっ! お姉ちゃんと一緒の部屋に泊まってたんですって? どういうつもりなのよ! やらしい事してないでしょうね?」
乞食同然のシャルを拾って世話までしたというのに、何たるガキだ……
てっきりお礼を言われるものだと思っていたオレは、憤慨している。
「だからティナってば! ちゃんとお礼言ってよぉぉ」
フンっと外方を向くティナとは対象的にペコペコと謝るシャル。
「ま…… まぁ良い。 それより親書も手に入った事だし、宿に戻るか?」
「そっ、そうですね。 あっ、あのぉ」
「なんだ? ってまさか……」
「妹も一緒に…… 良いです? この子もう路銀が無いって言ってるので。 あはははっ」
乾いた笑い声を発しながら、オレへと面倒事を押し付けてくるシャル。
オレは正直拒否したい気持ちもあり、チラッとティナの方へ視線を向ける。
ティナはもじもじと両手の人差し指を合わせながら、上目遣いでオレを見ている。
今の今まで、オレに対して悪態をついてたのもあり気まずいようだ。
「おい、 お願いします。 は?」
煽るようにティナに「お願いします」を要求するオレ。
「お…… おねが……」
「あぁ?」
「っていうか! お姉ちゃんも泊まるんだから変な事されないように見張り役よ! 親書も持ってきたんだし。 200万浮いたんだからそれ位は払いなさいよねっ!」
「なっ。 なんつークソガキだ…… はぁぁ……」
シャルは大人しいのほほんとした女の子という印象だったが、妹のティナは真逆のようだ。
瞼に掌を当てながらため息をつくオレに、平謝りするシャル。
その様子を傍から眺め、「ほっほっほ」と笑う店主の姿がそこにあった。
夜が深まり、後2時間程度で日付も変わる時刻。
オレとシャル姉妹が、3番地の宿屋の部屋へと帰宿した。
「はぁぁ、さすがに腹減ったな。 おい、何か適当にルームサービスでも取れ」
「はぃ。 えっと、何が良いとかあります?」
「適当にって言ってんだろっ」
いつも通りの会話を交わすオレとシャルをジーッと見つめていたティナが、
「ふぅん。 まぁ多少言葉遣いが気になるけど」
何やらブツブツと独り言を言っているようだ。
「おいっ、その汚ねーの脱げ。 部屋が汚れんだろ」
「きっ、汚くないわよ! 本当デリカシーの欠片も無い男ね」
「まっ、まぁまぁ」
シャルに宥められつつも、ティナはブツブツ文句を言いながら旅人のマントを脱ぐ。
純白のブラウスに黒のベスト、赤いタータンチェック柄のフリルがついたスカートを身にまとったティナは、出会った頃のシャルとは雲泥の差があるほど小奇麗な服装ではある。
が、その体型に関しては悪く言えば寸胴で、姉であるシャルとは雲泥の差があるようだ。
オレはティナの姿を、ジロジロと上から下へ見ていると、
「何イヤラシイ目で見てんのよっ!」
ティナは、その身体を両腕で隠すように組むと、軽蔑の眼差しをオレへと向ける。
「いや、お前は姉ちゃんと違ってスタイルは良くねーんだな。 姉ちゃんの方はお前って呼んでるからお前は出涸らしって呼んで良いか?」
「い、良い訳ないでしょ! バカじゃないの? っていうかバカでしょ?」
「オーレさん、さすがにあんまりですよ。 っていうか私も、お前じゃなくて名前で呼んで欲しいんですけど……」
耳まで真っ赤にして怒り悔しさの余り半泣きのティナを、胸に抱きしめながら困り顔でオレに訴えるシャル。
「出涸らしが嫌なら寸胴でも……」
「オーレさんっ!」
キッと睨むように姉妹の視線がオレに突き刺さる。
「わかったわかった。 はぁ、何だってこんな事に……」
今回は、平穏を手に入れる為にシャルに加担する事にしているオレだが、基本的に人類に干渉する事は避けているので、名前で呼んだり情の移るような行為は避けたいようだ。
「とりあえず、さっさとメシにしようぜ?」
「そうですね! じゃちょっと注文しに行ってくるので。 ティナは待っててねっ」
「えっ?」
シャルはティナにウィンクすると、そそくさと料理を注文しに部屋を後にする。
残されたティナは、緊張した様子を見せているがオレはあまり気にしていないようだ。
「ね、ねぇ?」
「あっ? 俺か?」
まさか話しかけられるとは思っていなかったオレは、辺りをキョロキョロ見回すと、その視線をティナへと向ける。
オレに視線を向けられたティナは「アンタしか居ないでしょ」と小声で言った後、口を開く、
「あの…… ありがと。 お姉ちゃんの事も私の事も……」
「……ほぅ。 まぁ成り行きだからな。 仕方ねーよ」
素直にお礼を言うティナを少しからかってやろうかと頭によぎるが、煩いのを身をもって経験したオレは、その謝辞を素直に受け取る。
「ところで、何でお前は親書なんか持ってたんだ?」
「名前!!」
「あっ、あぁ。 悪い」
つい「お前」と呼んでしまい、ティナに訂正されてしまう。
「1ヶ月前にお姉ちゃんが国を出た時に、本当は親書も一緒に持っていくはずだったのよ」
「1ヶ月前?」
「そう。 それで私が4日前に留守中のお姉ちゃんの部屋を片付けてたら、部屋に親書があったから届けに来たの」
ティナの話を聞いたオレは呆れ顔で「はぁぁっ」と深くため息をついている。
「まぁ、お姉ちゃんって方向音痴だし忘れっぽいからさ。 さすがに国王に会うのに手ぶらで何の手段も無く派遣する訳ないでしょ?」
「おいおい、方向音痴とか忘れっぽいとかの問題じゃないだろ」
「へへへっ。 そういう所もお姉ちゃんの可愛いところじゃん」
呆れて物が言えなくなるオレと、両手で頬杖をつきながら満面の笑みを浮かべるティナ。
程なくしてシャルが注文を終え部屋に戻ってくると3人は遅めの夕食を取り、一日を終える事となった。
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